キスの続き
声に反応して、肩がピクリと動いてしまったことが悔やまれた。

動かさなければ、寝たフリでやり過ごせたのに。

仕方なく声のする方向に視線だけ動かせば、予想通り。

猫を片腕に抱いて私を見下ろす男の陰ができていた。

「おい」

その来訪を喜んでいるかのように、左右にゆったりと揺れている猫の尻尾が目の端にチラつく。

ああ、やっぱり。

私は返事をせずに目を閉じて、言った。

「…きなこが出入りするから、少し隙間開けただけなんだけど。
そっちこそ、なに家に上がってんのよ。勝手に入ってこないで。何の用?」

「おばさんにちゃんと挨拶してから入ったに決まってるだろ。音、聞こえなかったか」

「…聞こえなかった」

「そうかよ。おばさん、買い物に出るってよ。
 …しっかし、帰って来たって聞いたから来たのに。
 正月以来の再会で、その言い草か」

「・・・」

「おいって」

私は、わざと面倒な口調で寝返りを打った。

「ちょっと、眠いから。もういい?」

ため息がひとつ、聞こえてくる。

「疲れてんのか」

私は目を閉じ、無言のままうなづいた。

そうよ。

だから、いなくなってよ。

私の思ってることが伝わることを、期待した。

けれど、聞こえてきたのは衣擦れの音と、畳をこするような音で。

何事かと、片目だけ開けて音のする方向を見た私は、ぎょっとして体を少し起こした。

となりに横たわろうとしている、広い背中。

その傍には、床に下ろされ不思議そうな顔をしながらその様子を眺めている、きなこ。

「ちょっと、何。なんでここで寝るのよ」

「別に。いいだろ、昔はよくやってたんだし。並んで昼寝」

「今、することないでしょ」

イライラしながら抗議する私の言葉を無視し、横に並んだ大きな体。

その姿に睨みを利かせている私に見向きもしない、涼しげな声で言われた。

「ほら、疲れてるんだろ。寝たら?」

・・・・はぁ。

彼が言いだしたら聞かないことを知っている私は、
大げさなため息をついて見せながら瞼を閉じて、
起こしていた体を乱暴に倒した。


「瑞季」

「…なに」

眠いって言ってるのに。

「仕事、忙しいか」

「・・・そこそこね。もう、新米OLでもないし」

「そっか。夏休みは何日まで?」

「そっちこそ、いつまで夏休みなの?」

「俺は、今週末までこっち」

その答えを聞いて、即座に私は告げた。

「そう。私は明日、東京に戻るつもりだから」

「え、明日?お前、昨日の夜、こっちに帰って来たばっかりなんだろ?」

「前から決めてた予定がいろいろ、あるから。今年は長く居られないの」

嘘。
彼の予定を聞いてたった今、決めたことだ。
本当は3日間くらいはここで過ごすつもりだったんだから、完全なる予定変更だ。

「・・・」

彼が黙った。
それ以上話すことのない私も、そのまま無言のままでいる。

さっきまでの静寂が戻ってきたはずなのに。
横にある体温のせいで、固く閉じ続けている瞼とは裏腹に、私の眠気なんてとっくに飛んでしまった。

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