可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。
「やめてよ。………でもどうしてあたしのこと気付いたの?名前覚えてた?」
「いや。だからすぐには気付かなかったけど。入学したばっかの頃、俺がその……キス頼みに、話しかけに行ったじゃん?」
七瀬はすこし後ろめたそうに言う。
「あのときちょっと話してみて、教室だと地味で目立たない感じだけど『この人俺が思ってた感じの人とはちょっと違うんじゃないかって』思って。で至近距離でよく顔みたら。………もっとびっくりしてさ」
言いながら七瀬はあたしの顔を見つめてくる。あたしも見つめ返すと、七瀬はすこし顔を赤くして視線を外しながら言った。
「あのとき崎谷さんにキスしたことないの見破られて、『キモい』とかすごいキツいこと言われてショックだったけど。それ以上に崎谷さんがすごいきれいな顔してるって気付いたこともなんかすごい衝撃で」
女子の顔を見て同じくらい衝撃を受けたのは『オズの魔法使い』を見たときだったと思い出した七瀬は、帰宅後にまだ処分しないでずっと本棚に突っ込んだままだった『星流祭』のパンフレットを何気なく広げて。
劇のページのキャスト欄であたしの名前を見つけたのだという。
「なんとなく崎谷さんの顔が記憶のどこかに引っ掛かっていたけど。まさか『ドロシー』と同一人物だなんて思ってなかったから、その日は半分パニックだったよ。……俺に侮辱的なこと言った人と、舞台の上できらっきらしてた雲の上の人が同じ人なのかよって、正直がっかりしたような、でも会えてうれしいような、腹立たしいような。……なんかもう、すごい気持ちがメチャクチャになった」
「………雲の上って。それ言いすぎでしょ。美化しすぎ」
「でも渚も同じように思ってたと思うよ。……俺と渚ね、すっかり劇見惚れちゃって。帰り道、渚もすごい口数少なかったから。あー、きっと今渚もさっきのドロシー役の子のこと、考えてるんだなって。……付き合い長いからね、そういうの分かっちゃうんだよね」