可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。

「近々『ERICOビューティークリニック』は元従業員と顧客から集団訴訟を起こされるんだよ。労働基準法無視の劣悪な長時間労働が改善されないことと、それに意を唱えた社員に対する執拗ないじめやパワハラがあったらしくてね。かなりの人数の従業員が訴え出るそうだよ」


まるで歌でも詠むように、朗々と聖人は語る。


「それに脅迫まがいの強引な勧誘で精神的苦痛を味合わされたお客さんも大勢いたらしい。……同時に二つの訴訟を起こされるなんて、企業イメージとしては致命傷になりかねないだろ?表沙汰になれば、えり子さんは僕や君のことにまで気にかけてなんかいられなくなるよ」


「……………それって、まさか聖ちゃんがババアを陥れたの?」


聖人は否定をせずに薄く笑う。


「たしかにえり子さんの足元を掬うために、僕が訴訟を画策したように見えるかもしれないけどね。でもこのことは僕が引き金を引かなくても、遅かれ早かれいずれ問題になることだったんだよ。……それに今回の訴訟は何も悪いことばかりじゃない。多少の痛みは伴っても、えり子さんがワンマンすぎた企業体質を改めるいいきっかけになるかもしれないんだ」

「………でも」


「何より僕たちが一緒にいるためだ」




あたしと聖人の間にある差異は、温度差なんてものじゃない。
なにかが決定的に違う。なにかが決定的におかしい。

聖人は自分の行動の善性をすこしも疑っていない。
聖人にとってはあたしと一緒にいることだけが正しいことで、そのためならどんな手段を用いることも厭わない。それを聖人は最上の正義だと本気で思い込んでいる。


まるで熱烈な愛情表現にも似た、聖人の行き過ぎた言動。
聖人みたいな賢くて、きれいで、優秀な、完璧な大人の男にそこまで思われるなんて、幸福に違いない。


でも今あたしが感じているのはしあわせなんかじゃなかった。



------怖い。このひとはどこかおかしい。



逃げてしまいたいと思うのに、そんなあたしの内情を知った上でなのか、聖人はあたしを言葉で縛りつけようとする。



「ニカ。君には僕しかいないし、僕には君しかいないんだろう?」

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