可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。
「仁花」
呼ばれるたびに、どうしようもなく胸が痛む。
「……やっぱ『崎谷』でいい。あたしのこと、名前で、呼ばないで」
「お断り。仁花。おまえのこと、仁花って呼ばせろ」
「……ダメだよ」
「どうして?」
だって、渚に名前で呼ばれると。『名前で呼ばれる』っていうごく当たり前なことが、なにかとても特別なことであるかのように思えてしまう。
いままで、家族とか昔仲の良かった友達にとか、名前で呼ばれたことくらいいくらでもあったのに。そんな普通のことなのに。
渚に名前で呼ばれると、それだけであたしの名前があたしだけのものじゃなくなるような。あたし自身もあたしだけのものじゃなくなるような、そんな甘い気持ちが生まれてしまう。
あたしをそんな気分にさせる渚だけがあたしの特別なんだって、呼ばれるたびに思ってしまう。
「仁花。俺が必要か?そうならそうだって言えよ」
渚に甘えて寄りかかってしまいたいのに。
でもその感情が、聖人に依存していた気持ちと何が違うのか、まだあたしにはわからない。渚に依存しきって、今までの関係がめちゃくちゃになってしまうのは怖い。
それでも、渚に抱き締められているとどうしようもなく胸が甘く痺れてしまう。