可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。




廊下にある掛け時計の針は、もうすぐ午前0時になることを示していた。

お水を一杯だけもらおうと思って台所に向かおうとして、でもその前に居間に明かりがついていたからあたしは立ち止まる。

もしかして愛さんが帰ってきていたのかなと思って、ちょっとうれしくなって廊下から居間を覗き込んで見ると。そこにいたのは愛さんではなかった。

いたのは上半身裸の渚だ。おかりなさいを言おうとしていたあたしの口が固まった。あたしの気配に気付いて渚は顔を上げた。


「仁花?」


話し掛けられたけど、答えることなんて出来なかった。


「おまえまだ起きてたのか?」


渚はあくまでいつもと変わらない調子で話しかけてくる。けど渚のあまりにひどい姿に釘づけになったまま、あたしはその場に凍り付いてしまった。

渚の体は胸板もお腹も腕も。見えるところはどこも痣だらけで、赤や青やどす黒い紫色のまだら模様に腫れていた。七瀬はボコボコのボロボロだって言っていたけれど、そんな生易しいものじゃない。

これはあまりにはっきりとした暴力の痕跡だ。


(なんで……どうして渚がこんなひどいめに遭わなきゃいけないの……?)


この家に来てからすっかり涙腺が崩壊しているあたしの目は、またじわじわと熱を帯びていく。でも当の渚は淡々とした顔で畳に座ったまま痣の特にひどい部分に氷嚢を当てて冷やしていた。

< 282 / 306 >

この作品をシェア

pagetop