可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。
離婚なんてパパとママにとっては消せるものなら消してしまいたい人生の黒歴史のはずだ。その黒歴史をそのまま文字にした、両親の汚点みたいなあたしの名前なんて好きになれるはずもなかった。
「………ごめん、渚。今の忘れて。こんな恨み節で腐っててもしょうがないしね」
つい感情のままに喋りすぎたことが恥ずかしくなって誤魔化すようにいうと、渚は「俺は好きだけど」といきなり言ってくる。
「『仁花』って、わりに珍しい名前じゃん?字面も響きも一見きれいで、でも一筋縄でいきそうにもねぇところがおまえにぴったりだろ。おまえが嫌いだっていうなら、俺がこれからもたくさん呼んでやるから。そしたら仁花って名前、すこしは愛着出て好きになれんじゃん?」
……もう、とっくに好きだよ。
渚に呼ばれてから、嫌いだったはずの自分の名前をどんどん好きになっていた。
渚に「仁花」って呼ばれると、それがあたしだけが持っている大切なモノだと思えるようになった。名前で呼ばれるたびに、その大切なモノを渚とも共有できるような、そんな気持ちになれた。
ほんとうは、もうとっくに『仁花』って名前、嫌いじゃなんかなくなっていた。
「名前の由来でいうなら俺のがもっと最悪だっての。俺の名前の元になった映画、聞いたか?」
「えっと、『渚にて』だっけ?何が嫌なの?水原アナ雪とか、水原アバターじゃなくてよかったじゃん」
「おまえそれ極端すぎんだろ」
「まー、キラキラネームにしてもほどがあるか」
「当たり前だ」
冗談に二人で軽く笑いあった後。あたしは聞いてみた。
「で、何が最悪なの?」
「だから『渚にて』だよ。陰気くせぇSF映画でさ。とてもじゃねぇけど、うまれてきたばかりの息子の名前にするような映画じゃねぇんだよ」