可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。




保健室に入ると、あたしと入れ替わるように養護教諭の今井先生が出て行った。運転免許を持っていない先生は、これから渚を眼科に連れていくための車を手配するらしい。

長椅子に浅く腰かけていた渚は、学校じゃいつも他人のフリをしているあたしがここへ来たことに、すこし驚くような表情をする。端整なその顔の左目部分には応急処置にガーゼが当てられていて、口の端っこには血が滲んでいた。


「馬鹿渚。何やってるんだよ」


なんだか王様らしくないその姿が痛々しくて、胸がぎゅっとなった。

「戦うのはあたしの義務でしょ?……王様が戦ってどうすんだよ。この顔に傷でも残ったらどうすんの」

声が震えてしまうくらい傷ついた渚の姿に動揺しているというのに、渚は急ににやっといたずらっぽく笑うと馬鹿みたいなことを言ってきた。

「それこそ勲章じゃん?女のために負った傷とかカッコいいんじゃね?」
「……もう…………もう馬鹿ッ!!大馬鹿ッ!!」
「おい、落ち着けって。こんなのたいしたことねぇよ」


--------嘘ばっかり。 もし渚の顔に、あたしの額の傷みたいな痕が残ったりしたらどうするんだ。


「渚、こんなきれいな顔なのに。折角こんなイケメンなのに。……あたしの所為で傷が出来るとか、そんなの絶対嫌」

「…………へえ。おまえ、俺の顔のこと、そう思ってたんだ。キスしたくらいじゃ靡かないし、たいして興味ないのかと思ってた」


すこしうれしそうにそう言った後で、渚は呆然と立っていたあたしの腕を掴んで強引に引き寄せてきた。


「仁花。やっぱおまえ俺好きだろ。いい加減認めろよ、俺が必要だって」


冗談ぽい言い方をしているけれど、すぐ傍にある渚の目は思いがけないくらい真剣だった。

渚はやさしいから、ただ困ってる女を見捨てられないだけなのかもしれない。それを好意だと勘違いしてるのかもしれない。まだそんな風に疑う気持ちもある。

でもさっきの山根の潔い笑みに思っていた以上に感化されていたらしいあたしは、「必要だよ」と口走っていた。渚は顔を跳ね上げてあたしを見上げた。

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