これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】
「うち、両親はこういうところには連れてきてくれなかったんです。人混みが苦手だからでしょうか?」

 だからと言って、一度も……?

 学生時代に友達数人と来る機会だってあっただろう。

「クルーザーも素敵ですけど、私はあの人混みの中で屋台を見て回りたかったな」

 ぽそりと呟いた彼女がなんだか寂しそうに見えた。

「いい大人がって思ってます?」

 自嘲気味に笑う彼女に俺は言った。

「じゃあ、行きましょうか?」

「あの……行くって、屋台ですか?」

 突然の申し出に驚いた顔をしている彼女。

「急がなければ、船が出てしまいます。早く降りましょう」

「え……あのっ……」

 戸惑っている彼女の手を引いて俺はクルーザーから降りた。そして彼女の手を引いてそのまま人混みの中へ紛れた。

 すぐに俺はスマホを取り出す。

「あ、高浜です。お疲れ様です。じつは二宮さんがご気分が悪いそうなので船を降りました」

『二宮さんが、大丈夫なんですか?』

 今回の責任者の総務課長に連絡を入れる。

「……えぇ、私がお送りしますので、常務のことよろしくお願いします」

『高浜さんが? えっ?』

 驚いているところに畳みかける。

「ご面倒をおかけしますが、常務のことよろしくお願いします」

 言い切るとすぐに電話を終えた。

 多少押し付けた形になったが、たまにはいいだろう。
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