これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】
『恵のことを思っているなら』こう言われてしまったら、そう従うしかないではないか。

「ご面倒をおかけして申し訳ありません。しかしあの子にはあの子の綾上の家の者としての、生まれ持った役割があります。それを全うさせるようにあなたにも協力いただきたい」

 どうして俺がそんなことに協力しなくちゃならないんだ。

 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 最初から、恵はそのつもりで外の世界へ飛び出してきたのだ。だから約束のときがくれば、二宮恵を捨てて綾上恵に戻る。ただそれだけだ。

 そしてその“捨てるもの”の中に俺のことが含まれているだけ。

 今思い返してみれば、納得するようなことが多くあった。

 植草社長の名前を知っていたこと。立ち居振る舞いが美しいこと。あの高級マンション。疑問に思っていたことが、今、全部クリアになる。

「お仕事中でしたよね。お時間取らせてしまい申し訳ありませんでした」

 恵の兄の視線を辿ると、宗治がこちらを見ているのが目に入った。

 ……そうだ俺、今は仕事中だ。しっかりしろ。

「……おっしゃりたいことは、よくわかりました。善処いたします」

 俺は目の前の男にそう答えるのが精一杯だった。そんな俺の様子を見て、満足そうに微笑んだ相手は、俺よりも先に出口へと向かったのだった。

 仕事中ということでなんとか、秘書の仮面をかぶってその場をやり過ごした。しかしそうでなければ……自分を保てていたのか自信がない。それほど、このときの俺は動揺していた。

 そしてそれとともに、自分がどうするべきなのかその時点ですでに結果を出していた。

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