これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】
勇矢さん

もう、私にこんな風に呼ばれるのも嫌になっているのかもしれませんね。

でももう少しだけ、このままの呼び方でいさせてください。

勇矢さんがおっしゃった通り、私は『綾上 恵』です。生まれてからずっと、この葉山で派遣社員として働くまでは、この名前で生きてきました。

ひとり暮らしをする際、防犯の一環として『綾上』ではなく母の旧姓である『二宮』を名乗ったのです。

勇矢さんには、私からきちんと話をしておくべきでした。でも、勇気がなかったのです。嘘が嫌いなあなたを騙しているという心苦しさと、嫌われたくないという思いの間でずっと揺れていました。

今となっては言い訳ですね。結果的にあなたを傷つけたこと、本当に申し訳ありません。

あなたは『本当のあなたは、こんなところにいるべきではない』と言いました。

しかしそれは違います。

本当の私は……あなたの前にいた『恵』です。

会社で失敗しながら働いて、公園でおにぎりを食べて、クロを抱きしめて……。

そして勇矢さんと手をつないで歩いて、抱き合って眠った私が間違いなく本当の私なのです。

あなたの前でだけ、本当の自分でした。綾上も二宮も関係のない、ただの私でした。

確かに、私は嘘つきです。

でも勇矢さんと過ごした私が、まぎれもなく本当の私なのです。

本当の私のことをあなたにだけは、ちゃんと知っておいてほしかった。



きっと、これが恋というものなのですね。


最初で最後の恋愛の相手に、あなたを選んでしまってごめんなさい。

でも、相手があなたでよかった。

本当の私を知ってくれている人が、あなただということに幸せに思います。

私に幸せをくれた勇矢さん。

本当はもっと、あなたと一緒に過ごしたかったです。

どうか、あなたにもたくさんの幸せが訪れますように。


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