これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】

 彼にさえ会わなければ。

「ん……くっ、ひっく……あぁあ」

 こんな風に声を上げて泣いたのはいつぶりだろうか。でも声を出して吐き出してしまわなければ、心が引きちぎられてしまいそうだった。

 ……カタン。

 扉が開く音がした。

「勇矢さんっ!」

 期待を込めて顔をあげたそこに立っていたのは、兄の大輝だった。

 がっかりしたが、勇矢さんが来るはずない。さっきの態度を思いだせば簡単にわかることだ。なのに、それなのに期待をしてしまう。

「泣いているのか……誰だ、アイツに何か言われたのか?」

「アイツって……お兄ちゃん、勇矢さんのこと知ってるの? 彼に何を言ったの?」

 近づいて来た兄のスーツの襟をつかみ揺する。

 今までそんなことをしたことがなかった私の様子に、兄は目を見開いて驚いているようだった。

 「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。恵。お前らしくないぞ」

 その言葉に私は思わず反発してしまう。

「私らしいって何? お兄ちゃんに何がわかるの? 本当の私は……本当の私は……」

 そのとき勇矢さんの笑顔が思い浮んだ。そのあと、少し困った顔とそれから、はにかんだような照れた顔。そして……私を抱きしめたときの男の人の顔。

 彼がいないとダメなんだ。彼じゃないとダメなんだ。本当の私になれるのは彼の前だけ。

 ……だったらもう、本当の私なんていないも同然だ。

 彼が私に見せた最後の冷たい表情が思い浮かぶ。それと同時に私は意識が薄れていくのを感じた。

「恵! おいっ……恵。しっかりするんだ……」

 兄の声が聞こえたけれど、私は目を開けることを放棄した。

 もうこのまま、このまま私を放っておいてほしい。

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