蒼の歩み
私が彼に謝罪の言葉を述べたら、くだらないことで謝るんじゃねぇってまた言われそうだったから。代わりに、お礼の言葉を述べた。話を聞いて貰えて心がすっきりした、ありがとう、と。
それから、しばらく。お互い数回言葉を交わした後、彼の左手と私の右手を重ね、落ち着いた時間を過ごした。止まる車内の中、私の心臓は心地良く動いていた。
「そういえばー……、さっきの金問題の話しだが」
「んー?」
「俺も似たような問題は何度か経験がある、部下がしでかしたんだがな。実際に抜いてた奴も居た。そいつはちゃんと話したら直ったがな。だが大半は原因さえわかりゃ解決した」
「似たような問題、何度か経験あるんだ……」
それも、上の立場として。
「ちなみに、実際に抜いてた人もいたっていうのは。どうしてわかったの?」
「何で分かったか。金は合ってんのに有る筈の伝票が無かった。それで、全員の行動を注視した。で、浮かび上がった奴に、それとなく世間話みてーに伝票が抜かれている事を話したら表情が変わった。聞いたらそいつのポケットから伝票とその金額の金が出てきたってワケ」
「そうなんだ……」
そういうことする人も、やっぱり居るんだ。
「そいつは金に困ってた。根っからの悪意でしたワケじゃねェってのはわかった。まだ若いし、素直な奴だったし、もうしねェように話したら納得してそれからは人一倍頑張ってくれたな」
そういうことがあったんだ、と云々と聞いていると。彼は、自分の仕事の話を私に聞かせてくれた――
「俺の、初めての就職先。そこではろくに仕事も教えてもらえず、聞けば『これはこうする』の説明だけ。そんなだから、何がダメなのかもわからず失敗してもお咎め無し。そして、仕事ができねぇからとクビにされた。すげぇ哀しくて辛かった」
「……」
「次の仕事場は。ドギツイ夫婦が居て、毎日のように夫婦喧嘩に巻き込まれ、たまんねぇなと思い辞めた。その後も何度か職を変えたが、何処も理不尽な理由でクビになった。何度も何度も上司に意見を述べ、俺なりに戦ったが、わかってもらえず。俺のくだらねぇプライドがズタズタにされた」
「蒼、君……?」
「そして、今の仕事場。就職して2年たって、上司の薦めで、俺は上の立場になった。俺は、てめぇがクビになったことも忘れて、出来ねぇやつには厳しく叱咤し、ダメなやつはどんどん切った」
「うん」
「ある時、上司に言われた。今のお前のやり方ではダメだと、初心を思い出せと。最初は意味がわからなかったが、後々理解した。そこで初めて仕事が出来ない奴の苦労を理解し、己の言動を改めた。それから仕事が回るようになった。俺は、クビになった職場以外はスムーズに仕事ができている」
……ここまで一気に話した彼は、ちらりと私の顔を見遣った。私は、蒼君がこのような話をしてきたことに驚きを隠せずにいた。彼が自分の話をしてきてくれるのは嬉しいが、嬉しいという言い方は空気が読めていないと自分でもわかる。何故このような話をしてきたかすぐには理解できずにいたが、その後の彼の言葉で意図を知ることができた。
それから、しばらく。お互い数回言葉を交わした後、彼の左手と私の右手を重ね、落ち着いた時間を過ごした。止まる車内の中、私の心臓は心地良く動いていた。
「そういえばー……、さっきの金問題の話しだが」
「んー?」
「俺も似たような問題は何度か経験がある、部下がしでかしたんだがな。実際に抜いてた奴も居た。そいつはちゃんと話したら直ったがな。だが大半は原因さえわかりゃ解決した」
「似たような問題、何度か経験あるんだ……」
それも、上の立場として。
「ちなみに、実際に抜いてた人もいたっていうのは。どうしてわかったの?」
「何で分かったか。金は合ってんのに有る筈の伝票が無かった。それで、全員の行動を注視した。で、浮かび上がった奴に、それとなく世間話みてーに伝票が抜かれている事を話したら表情が変わった。聞いたらそいつのポケットから伝票とその金額の金が出てきたってワケ」
「そうなんだ……」
そういうことする人も、やっぱり居るんだ。
「そいつは金に困ってた。根っからの悪意でしたワケじゃねェってのはわかった。まだ若いし、素直な奴だったし、もうしねェように話したら納得してそれからは人一倍頑張ってくれたな」
そういうことがあったんだ、と云々と聞いていると。彼は、自分の仕事の話を私に聞かせてくれた――
「俺の、初めての就職先。そこではろくに仕事も教えてもらえず、聞けば『これはこうする』の説明だけ。そんなだから、何がダメなのかもわからず失敗してもお咎め無し。そして、仕事ができねぇからとクビにされた。すげぇ哀しくて辛かった」
「……」
「次の仕事場は。ドギツイ夫婦が居て、毎日のように夫婦喧嘩に巻き込まれ、たまんねぇなと思い辞めた。その後も何度か職を変えたが、何処も理不尽な理由でクビになった。何度も何度も上司に意見を述べ、俺なりに戦ったが、わかってもらえず。俺のくだらねぇプライドがズタズタにされた」
「蒼、君……?」
「そして、今の仕事場。就職して2年たって、上司の薦めで、俺は上の立場になった。俺は、てめぇがクビになったことも忘れて、出来ねぇやつには厳しく叱咤し、ダメなやつはどんどん切った」
「うん」
「ある時、上司に言われた。今のお前のやり方ではダメだと、初心を思い出せと。最初は意味がわからなかったが、後々理解した。そこで初めて仕事が出来ない奴の苦労を理解し、己の言動を改めた。それから仕事が回るようになった。俺は、クビになった職場以外はスムーズに仕事ができている」
……ここまで一気に話した彼は、ちらりと私の顔を見遣った。私は、蒼君がこのような話をしてきたことに驚きを隠せずにいた。彼が自分の話をしてきてくれるのは嬉しいが、嬉しいという言い方は空気が読めていないと自分でもわかる。何故このような話をしてきたかすぐには理解できずにいたが、その後の彼の言葉で意図を知ることができた。