蒼の歩み
私は、人の名前や顔を覚えるのが苦手だ。転々とする働き先の方々の名前も、中々覚えることが出来ずにいて、ネームプレートがついている場合はそっとソレを確認する。ついでに言うと、人様の年齢も覚えることが出来なくて、頭の上に名前や年齢が死神の目の能力のように見えることが出来たら便利だなと度々思う。




「俺が真歩に初めて逢ったのは、深夜なんだ」



「そっか、夜に来たんだ」



「俺、ここにファイルの忘れ物しちまったんだよ。この店、深夜までやってるだろ?平日の深夜に客なんて周りにあんま居なかったせいか、店員のこと覚えてたんだ」



それで私のことを覚えていたのか、と妙に納得した。……でも、2年も前のことをよく覚えているなぁ。



「ファイルの、忘れ物……?」



忘れものに、ピンときた。



「仕事用のな。普段は家に持ち帰るんだが、あの日は何故かここに来た」



「あ、ちょっと待って……」



思い出せそうかも。



その日蒼君にどう接客しただとか蒼君が何を頼んだのだとか、そんなことは覚えていないけれど。そもそも、私は蒼君に接客していなかったかもしれないが。



……ファイルの忘れ物は、覚えている。深夜の、ファイル。
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