蒼の歩み
私は、遅番やラストまで店に残るということが滅多になくて。そんな中での、忘れ物は。薄っすらと記憶に残っていた。



おまけに、夜の時間帯に1人で来られる方は珍しい。



お客さんが、恐らく蒼君が去った後。テーブルの片づけをしようと向かったら、そこに置かれていたファイル。もうお客さんは帰ってしまったし、レジ下の扉にある忘れ物入れに閉まって置こうと、ソレに手を触れた。



――瞬間。妙に胸が、ざわついて。ドキッとして。とても不思議な気持ちになった。



あんな気持ちを抱いたのに、どうして今まで忘れていたのだろう。……今思えば、蒼君に初めて会った時の感覚に似ていたような。正確に言えば、アドレスを聞いたあの日の気持ち。



……後日、忘れ物は私が非番の日に取りに来たようで。自分の居ない間に解決したからなのか、すっかりこの出来事は頭から抜け落ちていた。出来事といっても、忘れ物はよくあることだし、蒼君と店員と客として話したかどうかまでは覚えていないわけなのだが。



ただ、変わっていた点というのは。時間帯と。……心臓が激しく打つようなあの気持ち。




――この事を、私は蒼君にざっと話した。
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