スイートな御曹司と愛されルームシェア
「今までありがとうございました。咲良さんが辞めずにすんだお祝いに、ケーキを買ってきたんです。ここに置いておきますから……後で食べてくださいね」

 ガサッと小さな音がして、ドアの前に何かが置かれる音がした。そしてそれから、彼が去って行く足音。咲良の前から永遠に去って行く音……。

 それが聞こえなくなると、咲良はドアの前にくずおれた。

「私が、辞めずに、すんだ、お祝い……」

 噛みしめるように言って、そっとドアを開けた。もう廊下に翔太の姿はない。足元には、フランス語でパティスリーの名前が印字された白い紙袋が置かれている。咲良が好きだと言って実家のお土産に買ったことのあるパティスリーの袋だ。

 咲良は共用廊下の手すりの間から、そっとエントランスを見下ろした。翔太が出てきて通りに出たが、ふと足を止めてこちらを見上げた。暗くてよく見えないけど、目が合った、ように思う。

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