スイートな御曹司と愛されルームシェア
 それから格好つけてカウンターでウイスキーを数杯飲んだが、アルコール度数の高いドリンクは思った以上に空きっ腹に効き、これ以上お一人様を気取っていては家に無事帰り着けないかもしれない、という理性が残っているうちにバーを出た。エレベーターを降りてレストランビルから出たときには、もうすっかりふらふらになっていて、一度は歩き出したものの、見覚えのない景色に、途中で駅とは逆方向に歩いていることに気づいた。

「ああ、もうバカみたい」

 涙目になりながら自嘲するように言って、くるりと方向転換する。本人は颯爽と振り向いたつもりだが、しょせんは酔っ払い。よろめいてすぐそばのビルの壁に片手をついた。

「おおっと」

 とっさに口から出た、酔っ払いのおっさんのような言葉に、咲良はこれ以上ないくらい惨めな気持ちになった。うつむいた咲良の目から涙がこぼれ、メガネが濡れて視界がにじんでいく。

「あーあ、こんなになるまで仕事一筋でがんばってきたのになぁ。それもこれも恭平くんのためだったのに……男のためにがんばったっていいことなんかないんだわ……」

 重く深いため息をついて、壁伝いに歩き始めた。ぼやけた視界に元いたレストランビルが入ってきたとき、前方の立て看板の陰に、焦げ茶色のものがうずくまっているのに気づいた。曇って見にくいメガネを持ち上げ、裸眼を細めてじっと見つめる。

「あっ!」

 そのふわふわとした栗色の毛並みは、咲良が幼稚園のときに飼い始め、高校二年生のときに死んでしまったゴールデン・レトリバーのラッキーを思わせた。

「うわー、かわいい」

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