今宵、桜の木の下で
制服に着替え、階段を降りてリビングへと向う。
ドアの向こうから聞こえてくる、二人の会話。
「辛かったら、早退してくるだろ」
「そうだね……。
でも、昨日、―― 喘息の発作も出てたし心配だわ」
「それくらい自分で対処できるだろ」
「そんな……。軽い症状ならまだしも、急に発作が出たら誰だって焦ってしまうのよ」
「……っ」
ああっ、もうっ!!
大きく深呼吸を繰り返し、わざとらしく音を立ててリビングのドアを開けた。
「美琴ちゃん、――。
ご飯とパン、どっちにする?」
佳奈子さんの笑顔と穏やかな声が癪に障る。
「食べない」
「じゃあ、牛乳、あっためようか?」
「いらない」
「美琴っ!!」
パパの声なんか、聞きたくもない。
「……行ってきます」
スクールバッグを抱え玄関へと向かう私に
「ジャージ、乾いているからね」
佳奈子さんの声が重なった。
綺麗に畳まれた藤木くんのジャージと体操服。
「……っ」
どんなに私が背を向けても、――
佳奈子さんはきちんと向き合ってくれようとしているのに。
たったひと言、――。
「ありがとう」と言えばいいだけ。
なのに、こんなに口が重たくて。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「……うん」
自分が情けなくて、やりきれなくて。
焦燥感のループは今日もまた続いていく。