今宵、桜の木の下で
「ひっ!!」


唸るような重低音。
これからを予兆するようなゴロゴロと鳴り響く雷光に、びくびくと震えが止まらない。

急いでお賽銭箱の横にしゃがみ込むと、おもむろにカバンの中から携帯を取り出した。


佳奈子さん、……。
迎えに来てくれないかな。


さっきまで、身勝手に苛立ちをぶつけていた佳奈子さんに助けてもらおうとしている自分が情けない。


うう、……。
でもそんなこと言ってる場合じゃないし……。


「誰か、……」


周りを見渡しても、誰もいない。

宮司さんとか、どこに行っちゃったんだろう。


「……どうしよう」


水流のカーテンが視界を覆い、見通しも悪く完全に孤立してしまっている。まるで、滝の内側にいるみたいだった。


こ、怖いっ!!

やだ、やだ、やだ、―――!!

やっぱり佳奈子さんに来てもらおうっ。


結局、私はまだまだ子どもで。
嫌いだと背を向けつつも、プライドなんて簡単に捨ててしまえる自分が腹立たしいんだ。


『八幡さままで、迎えに来て』


たったひとことだけ。件名も何もない、用件だけのメール。


佳奈子さん。

私の新しい、お母さん。


でも、佳奈子さんのことは子供の頃からよくよく知っている。

だって、―――。

佳奈子さんは私が小さかった頃入院していた、小児病棟の看護師だったから。

そりゃあ、勿論。ママがいないのは寂しかったよ。だけど、新しいママが欲しかったわけじゃない。


パパと2人。

そして写真の中のママ。

それはそれで良かったのに。
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