今宵、桜の木の下で


その時だった――。


柔らかな風を頬にふわりと感じて。


「あ……」


ピンクの花びらがふわふわと舞い落ちてくる。


ほら、―― 桜の花びら。

あの時と同じ。

だとしたら、イクラはこの近くにいるはずよね??


「桜、だ」


その声に、藤木くんは私へと視線を向ける。


「桜??」

「ね、見て。この時期に桜って珍しいよね」


舞い散る桜の花びらを、私はそっと手のひらで受け止める。


「どこに??」

「えっ??」


怪訝そうな表情を浮かべて

「桜なんて、どこに咲いてんの?」

藤木くんは私の目線の先へと空を見つめる。


―――――!!


藤木くんには見えないの??

ほら、ここにも。

ここにも。

こんなにもひらひらと舞っているのに……。


「ほ、ほら……」


花びらを指さしながら

「こんなにもたくさ……」

一歩踏み出した私のすぐ目の前に、イクラがいた。


「あっ」

『みことーっ』


あああ、やっぱり、―――。

やっぱりね、ほら、イクラがいたっ。


「もう、どこに行ってたの??」

『どこ??』

「だって最近ずっといなかったじゃん」


手を伸ばしてイクラに近付いた、瞬間。


え、―――。


私の身体は、ふわりとイクラの小さな身体をすり抜ける。


ぬ、抜、けた……??


慌てて振り返ると、イクラはもういない。


不思議そうに目を見開いた藤木くんが、私をただ見ているだけ。


「……美琴??」


その声音に私の身体は小さく震え出す。

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