今宵、桜の木の下で
「この前ね、八幡さまで雨宿りして……」
「あの日?」
「うん。藤木くんが来るまで、一人じゃなかった」
「子どもが一緒だったって言ってたよね」
雨の中、―― ひとり取り残されたような気がして。
何度も何度も頭上で雷鳴が轟く中、怖くてずっと目を開けられなかったこと。
ようやく落ち着いたのかなって、恐る恐る目を開けて、―――。
「そしたらね、拝殿の向こう側に男の子がいたの」
だって、びっくりするよね。
私だって心臓が飛び出そうなくらい怖かったのに、小さな子どもが一人で雨宿りしているなんて。
「どう見ても一人だし、大丈夫??って声をかけたら……」
ひゅんっ、―― って、移動してきた。
「移動??」
「うん、瞬間移動みたいに」
にこにこ嬉しそうに笑いながら
『おねえちゃん、ぼくがみえるの?』
って。
「……それで――、さっきはその子がまたいたってこと?」
「……うん」
「嘘だろ……」
「やっぱり…そう……思うよね」
すんなり、―― はいそうですか、なんて頷ける話じゃないんだもん。
「私もこんな話聞かされたら……嘘でしょとしか言えないもん……」
「いや、うーん」
髪の毛をくしゃくしゃっとかき上げながら、藤木くんは考え込むように目線を天井へと向ける。
蛍光灯の明かりが眩しくて、藤木くんの長い睫毛は下瞼に影となって瞬きのたびに揺れている。