歌声は君へと






 声でわかった。
 彼女だ。



『ここには何もないけれど、せめて。貴方の夢では、笑い声が絶えぬように』



 言葉はわかるといっても、まだまだ聞き取れないこともある。
 澄んだ水のような歌声は、砂漠を歩く飢えた者に染み込むようだった。「サイラス?」そんな言葉にはっとし、柄にもなく狼狽えた。見てはいけぬといわれたのに、見てしまった時のように。
 
 彼女には、"足"があった。





「夜にはこうして戻るの。不思議でしょう」




 ああ、といったきり何を話せばいいのやら。魔物ではなかったか、などと肩をおろせば「座らない?」と言われた。
 戻るのもどうかと思っていたから、ちょうどいいだろう。




「大丈夫?なんか…」

「夢を、見た」

「夢?」

「――――妹が、死ぬ前の夢だ」




 え、という声が夜に響いた。
 こちらを見るために動いた反動で、黒髪がさらりと流れた。
 何をいってるのか。
 この人に言ってなんになる?
 だが「妹は、殺されたんだ」と唇がその続きをつむいだ。

 それは、誰にも話したことがない。話す必要など、今までになかった。今だってそうだ。別に必要がない。だが、塞き止めていたものが壊れたように、止められなかった。



 ―――妹、カーヤは賊に殺された。
 
 自分は、砂漠に生きる古い一族に生まれた。その数年後、カーヤは母の命と引き換えに妹が生まれた。
 兄と自分と、少し歳の離れた妹と、父と。一族のものらと生活していた中、王位争いが勃発した。民は苦しんだ。略奪、人売りなんかも出始めると、男たちは家族を守るために必死だった。
 父が亡くなり、兄と自分で妹らを守るべく日々過ごしていた。兄と遠くへ行くことも考えた。なのに賊と交戦したなかでまた、兄が倒れ、兄弟は自分と、カーヤだけとなる。あの夢は、このあたりのものだ。
 
 あとあと、だ。
 夜中、賊からの襲撃があったのは。

 見張りは悲鳴をあげぬよう巧みに殺害されていた。慌てるこちらを嘲笑うように賊は斬り倒し、女たちを拐おうとする。
 拐われそうになったカーヤを助けるために、戦った。



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