姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 痛みに悶える久賀を余所に、三人と一匹は戸惑いながらも藪の中で膝を突き合わせた。

「ゆらさん、どうしてここに」

「風間さんこそ」

「俺は……ほら、ここが新しい士官先で」

「わたしたちは、おしずさんとかあさまを探してたら、この屋敷に」

 顔を見合わせる二人の間に宗明が割り込んだ。

「多数の娘がいなくなっている状況がある中で、深川の中でもこの屋敷が怪しいとこの猫が言うものでな」

「猫?」

 ちらっと目をやれば、毛艶の良い猫が得意そうに胸を張っている。

「え~っと……」

 今一つ状況のつかめない新之助だったが、ゆらのお目付け役の侍が冗談を言うような男ではないとも思うので、恐らくこの猫は新之助が友人となった河童と同じように人と心を通わせることのできる類の生き物なのだろうと思うことにする。

「侵入者だと家人が騒いでいた。見つかったんじゃないか?」

「それは、ゆらのせいや」

 猫が言った。

 新之助はあえてそのことに触れず話を進めることにした。

 世の中には思いもつかない不思議なことがたくさんあるものだ。

「まあ、ゆらさんなら仕方ないかな。でもこれ以上家人を刺激するのも良くないだろう。どうするつもりだ」

 新之助の視線は宗明に向けられていた。

「俺はここの用心棒をしている。場合によっては、あんたたちにとって不都合な対応も取らざるを得ない」

「……」

「そこでひとつ交換条件だ」

「何?」

「あんたたち、あえて騒ぎを起こしてくれないか」

 その場にいた全員が新之助を見た。

 ようやく鳩尾の痛みから解放された久賀までが怪訝そうな視線を向けた。

「風間。この人たちはどうやらお前さんの知り合いらしいのに、何だってそんなことを言うんだ。見つかれば、このお嬢さんが危ないだろう」

「ここに忍び込んだ時点で、危険はもとより承知の上だろう?」

 新之助はゆらを見た。

 この状況にあっても緊張感のかけらもない少女はやんわり微笑んでいた。

「この屋敷の中のどこかにおしずさんがいるというなら、それはたぶん奥向きだろう。案内はこの久賀がする。騒いで騒いで騒ぎまくってくれ」

「おいおい。俺が行くのかよ。まあ、いいか。どうせ、しがらみなどないのだ。面白そうな方に与(くみ)してやるさ」

 この時ほど、この男の性格を有難いと思ったことはない。

「騒ぎなど起こしても、我らに得などあるまい」

 こちらは相変わらずの不機嫌さだ。

「そうでもないはずだ。そちらの不思議の猫さんが人を引き付けている間に堂々と屋敷の中を調べ歩けばいいだろう?」

「鈴ちゃんが?」

「ふうん。旦さんが来はるまでの辛抱、か。ええで。やったる」

「大丈夫、鈴ちゃん?」

「あんたは、はよう、探し人を見付けや」

「うん……」

「貴様。何を企んでいる」

 割り込んできた鋭い声に目をやれば、ゆらの守り人の鋭い視線が新之助に注がれていた。

「別に。俺には俺の事情があるだけだ」

「……気に入らん」

 本当に扱いずらい男だ。

 そう思い嘆息した新之助に、ゆらがこの場にそぐわない明るい声で言った。

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