姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「ようし。そうと決まれば、さっそく行きましょ!」

「ゆらさま」

「わたしたちが侵入しているのはもう知られているんだもん。だったら、それを逆手に取った方が動きやすいわよ、きっと。鈴ちゃん、絶対怪我なんてしないでね」

「あんたと一緒にせんといて」

「ははは。だよねえ」

 この少女にとことん弱いらしい守り人が諦めたように深々と息をつくのを見て取ると、新之助は藪の中を抜け出した。

「じゃあ、猫さん。頼む」

「よっしゃ。ほな、行くで」

 そう言うと、鈴は久賀の肩にぽんと飛び乗った。

「うわ。なんだよ、猫」

「猫ちゃう。鈴や。うちのこと、しっかり追いかけるんやで」

「え、そういうこと~???」

 久賀が状況を把握した瞬間、鈴は久賀の頭のてっぺんにとんと足をついて飛んだかと思うと、雨に濡れそぼった地面に下り立ちそのまま駆けて行った。

「あ、ちょっと、待て」

 途端に屋敷の中から悲鳴とも怒声ともつかぬ声が聞こえてきた。

 鈴がさっそく暴れだしたのだ。

「よし。じゃあ、俺たちも行こう」

「あ、風間さん」

 歩き出そうとした新之助を思わずゆらは呼び止めた。

「風間さんにまた会えて嬉しかったよ」

 思わぬ言葉に目を見張った新之助は、ふっと笑みを零すと「俺も」と言って歩き出した。





「ゆらさまは本当に信じておられるのですか」

 新之助のあとを少し遅れて歩きながら、宗明が憮然として言った。

「何が?」

「何が、ではありません。あの猫と言い、あの浪人者と言い、胡散臭(うさんくさ)いことこの上ないではありませんか」

「でも三郎太は、にいさまに話を聞いているのでしょう」

「それは……そうですが」

 釈然としないものがあるのか、宗明はむっつり口を閉じてしまった。

 屋敷の中からは時折何かの壊れる音も聞こえてくる。

 鈴と久賀は存分に暴れまわってくれているようだ。

 新之助はほくそ笑むと、ばたばたと人の行き交う廊下へ堂々と上り込んだ。

 隙のない動きで廊下を行きながら人の流れを観察する。

 ガチャンと派手な音のした方へと向かう人々。

 それとは逆に、主の居室の方へと急ぐ数人と手燭を持って廊下の奥の暗がりへと消えていく集団を目の端にとらえた。

「ゆらさんはあちらへ」

 そう言い置いて、新之助は主の居室の方へと足を向けた。

「三郎太」

「不本意ですが参りましょう」

 ゆらと宗明は廊下の先の暗がりへと入って行った。


 
< 106 / 132 >

この作品をシェア

pagetop