姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「守りを固めろ」

 灯りの乏しい部屋のからそんな声が聞こえてきて、ゆらと宗明は咄嗟(とっさ)に柱の陰に隠れ中の様子を窺った。

「ここだけは何としても死守しろとの旦那さまのお言い付けだ」

 ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りに照らされ浮かぶ影は三つ。

 余分に見積もっても五・六人がせいぜいだろう。

 この部屋には何があるのか。もっとよく見ようと首を伸ばしてみたが、間口の狭さの割に奥行きはあるのか隠れている宗明からは部屋の全体までは見渡せなかった。

 だが。

(私一人で十分だな)

 宗明は静かに鯉口(こいぐち)を切った。

 鈴たちの起こしてくれた騒ぎのおかげで家人たちの動揺は深い。

 浮足立っている者など宗明の相手ではなかった。

「なあ、せっかく用心棒を雇ったのだから、そいつらをこっちに回してくれてもいいのにな」

 するとそんな愚痴めいた言葉が聞こえてきた。

(用心棒?)

 抜き身を払おうとした宗明の動きが止まる。

「あいつらはだめだ。用心棒とは名ばかりの役立たずどもだからな」

 その場にくくくという冷笑が沸き起こった。

「ここにいる女たちも可哀そうに」

「まったくだ。旦那さまに望まれなけりゃ、まっとうな暮らしが送れただろうにさ」

 男たちは下卑た笑いを漏らしたが、その笑いは深まる前に途切れてしまった。

 どさっと人の倒れる音がした。

 その傍らに立つのは、太刀を捧げ持った宗明だった。

「き、斬ったの?」

「峰打ちです」

 そろそろと近付いて来たゆらの視線が部屋の奥に注がれた。

 ぼんやりとした灯りの向こうに木で出来た柵のついた部屋があった。

「座敷牢ですね」

 息ひとつ乱さない宗明が淡々と言った。

「おしずさん……?かあさま……?」

 恐る恐る呼びかければ、その牢の中から弱弱しい声が返ってきた。

「もしや、ゆらさまですか?」

 ばっと檻に取り付いたゆらは、灯りの届かない座敷牢の中に目を凝らした。

「おしずさん?」

 ふっと目の前に人が現れた。

「ゆらさま……」

 涙声で木の檻に手を掛けたその人は面(おも)やつれしてはいたが、確かに柳生道場のおしずだった。

「おしずさん、やっぱりここにいたんだ。良かった!」

「ゆらさま、どうしてここへ……」

「どうしてって、おしずさんやかあさまを助けるためだよ。ねえ、おしすさん、わたしのかあさまは……」

「ゆらさまの母上さま?」

「ともかく、ここを開けましょう」

 宗明が見張りの一人の懐から取り出した鍵で牢の錠前を開けた。

 ばっと扉を開ければ、おしずが倒れ込むようにして出てきた。続いて、江戸市中で行方知れずになっていた娘たちが次々と出てきた。

 全部で十二名。

 母を除けばこれで全員だ。 

 皆一様に疲れ切った表情で、ふらふらと足元が覚束ず床に座り込んでしまった。

「しっかりして。ここから逃げなきゃ」

「みな、ろくに食べていないのです、ゆらさま。ここでの扱いはそれはもう酷いもので……」

「信じられない」
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