姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
その頃おしずと娘たちは無事座敷牢を抜け出し屋敷の裏に出ていた。
どこかにあるはずの裏門を探して。
身を寄せ合い怯える娘たちを気丈に励ましながら、おしずは周囲にも気を配っていた。
拉致され虜囚の身になってからろくな食べ物を口にしていない。
体はふらふらとして力が入らないが、今は弱音を吐いている時ではなかった。
こうして外に出ることが出来たのだ。
一刻も早くここから逃げ出したい。
その思いだけが支えだった。
「みなさん、もう少しですよ。頑張って」
そう声を掛けるのも、半分は自分を励ますためだった。
そうだ。もう少し。この塀のどこかにある門を探し当てれば、わたしたちは家に戻ることが出来る……。
「そう、やすやすと逃がすと思ったか」
地面をたたく雨を縫うように聞こえてきたのは、地を這うような声だった。
びくりと身を強張らせ足を止めた。
小さな悲鳴を上げる娘たちを庇いながらおしずは顔を上げた。
闇の向こうに男が一人。
全身黒づくめの羽織袴で泰然と立っていた。
「お前たちは大切な贄(にえ)だと忘れたか」
動悸ばかりが激しい。
口がからからに乾いて思うように声が出せない。
おしずはいくら強気になっても無理なのだと痛感した。
力ない己など、力ある者には決して逆らうことは出来ないのだと。
カサカサと音がした。
何度聞いても全身が粟立つ、あの音だった。
「ひ~」と声を上げ、娘が一人地面に倒れた。
だが誰もそれに構うことが出来ないでいる。
おしずでさえ、そうだった。
(もう、だめだ……)
諦めよう。
そう思った時だった。
「ほんと、胸糞悪いったらないよ」
涼やかな声が聞こえた。
と思う間もなく、一陣の風が舞った。
その風が次々と蜘蛛を切り裂いていった。
雨と共に蜘蛛の破片が宙に飛ぶ。
それは宙に舞ったまま更なる風に切り刻まれ、やがて微小な塵となって消えてしまった。
一瞬の出来事に、おしずも娘たちも口を開けたまま立ち尽くしていた。
「早く逃げな」
言われて、はっと我に返ると、傍らには背の高い男。
公家風の衣を身に着けている。
「あ、あの」
「早く行きなって」
苛立ったように言う男に背中を押されるように、おしずは気を失った娘を肩に担ぐと、他の娘を促した。
「行きましょう」
ちらっと助けてくれた男を見れば、彼はおしずたちには一瞥もくれずに鋭い殺気だけを帯びながら闇の中に立つ敵を見つめていた。
女たちの気配が遠ざかって行く。
「執着あるのかないのか、どっちだよ」
彼女たちを贄(にえ)と呼び、逃がすまいと追いかけて来ておきながら、随分あっさり見逃したものだ。
それとも、まだ何か手があるのか。
公家風の格好をした彼の視線の先で男が身じろいだ。
すっと身構える彼を無視するように男の姿が消えた。
呆気ない。呆気なさすぎる。
「まあ、無駄な力使わずに済んだけどさ」
物足りない……。
彼は不満そうに呟くと、屋敷へと足を向けた。
どこかにあるはずの裏門を探して。
身を寄せ合い怯える娘たちを気丈に励ましながら、おしずは周囲にも気を配っていた。
拉致され虜囚の身になってからろくな食べ物を口にしていない。
体はふらふらとして力が入らないが、今は弱音を吐いている時ではなかった。
こうして外に出ることが出来たのだ。
一刻も早くここから逃げ出したい。
その思いだけが支えだった。
「みなさん、もう少しですよ。頑張って」
そう声を掛けるのも、半分は自分を励ますためだった。
そうだ。もう少し。この塀のどこかにある門を探し当てれば、わたしたちは家に戻ることが出来る……。
「そう、やすやすと逃がすと思ったか」
地面をたたく雨を縫うように聞こえてきたのは、地を這うような声だった。
びくりと身を強張らせ足を止めた。
小さな悲鳴を上げる娘たちを庇いながらおしずは顔を上げた。
闇の向こうに男が一人。
全身黒づくめの羽織袴で泰然と立っていた。
「お前たちは大切な贄(にえ)だと忘れたか」
動悸ばかりが激しい。
口がからからに乾いて思うように声が出せない。
おしずはいくら強気になっても無理なのだと痛感した。
力ない己など、力ある者には決して逆らうことは出来ないのだと。
カサカサと音がした。
何度聞いても全身が粟立つ、あの音だった。
「ひ~」と声を上げ、娘が一人地面に倒れた。
だが誰もそれに構うことが出来ないでいる。
おしずでさえ、そうだった。
(もう、だめだ……)
諦めよう。
そう思った時だった。
「ほんと、胸糞悪いったらないよ」
涼やかな声が聞こえた。
と思う間もなく、一陣の風が舞った。
その風が次々と蜘蛛を切り裂いていった。
雨と共に蜘蛛の破片が宙に飛ぶ。
それは宙に舞ったまま更なる風に切り刻まれ、やがて微小な塵となって消えてしまった。
一瞬の出来事に、おしずも娘たちも口を開けたまま立ち尽くしていた。
「早く逃げな」
言われて、はっと我に返ると、傍らには背の高い男。
公家風の衣を身に着けている。
「あ、あの」
「早く行きなって」
苛立ったように言う男に背中を押されるように、おしずは気を失った娘を肩に担ぐと、他の娘を促した。
「行きましょう」
ちらっと助けてくれた男を見れば、彼はおしずたちには一瞥もくれずに鋭い殺気だけを帯びながら闇の中に立つ敵を見つめていた。
女たちの気配が遠ざかって行く。
「執着あるのかないのか、どっちだよ」
彼女たちを贄(にえ)と呼び、逃がすまいと追いかけて来ておきながら、随分あっさり見逃したものだ。
それとも、まだ何か手があるのか。
公家風の格好をした彼の視線の先で男が身じろいだ。
すっと身構える彼を無視するように男の姿が消えた。
呆気ない。呆気なさすぎる。
「まあ、無駄な力使わずに済んだけどさ」
物足りない……。
彼は不満そうに呟くと、屋敷へと足を向けた。