姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「ゆらさま」

 宗明がゆらの前に立った。

 ググ、ググと蜘蛛が近付いてくる。

「逃げられよ」

「やだよ」

「あなたは!たまには私の言うことを聞いてくれ」

 この状況を前にしても、まだ我を押し通そうとするゆらを宗明は叱責した。

 宗明の広い背中が盾となり、ゆらは不思議なくらい恐怖を感じていなかったのだ。

「頼むから、逃げてくれ」

「ゆら。ここは殿方の言うこと、聞くもんやで」

 不意に鈴がゆらの肩に乗ってきた。

「鈴ちゃん、無事で良かった!」

「ほれ、ちょっと下がれ」

 鈴に促され素直に数歩後ずさると、宗明との間に久賀が入ってきた。

「俺でも少しはお嬢ちゃんを守れるかな」

 はにかんだように笑っている。

「ゆらさん!」

 新之助も縁に上がってきた。

「風間さん、びしょ濡れ。大丈夫?」

「俺の事より、ゆらさんだろ」

「貴様、あとで覚えていろよ」

 宗明の鋭い声が前方から飛んできた。

 それに肩をすくめて答える新之助。

「ゆらさんだけは必ず無事に返すさ」

「ふん。当然だ」

 宗明は刀を正眼に構えた。

 新之助は太刀をだらりと下げたまま。

 蜘蛛が屋敷中に轟く咆哮を上げたのはその時だった。





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