姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「お、こいつ鳴けるんだ」

 妙にことに感心しつつ、新之助は利き足を半歩前に出した。

「腹空いてて苛立ってるな」

「無駄口はいらん」

「はいはい」

「こいつが動いたら、いくぞ」

「りょーかい」

 蜘蛛がグイッと前足を上げた。

「来るぞ」

 宗明の顔に緊張が走った。

 次の瞬間降ってきた前足を刀で受け止めていた。

 ググッと下に押さえつけられるのを耐える。

 すると蜘蛛が「ギャッ」と鳴いた。

 新之助が腹の下に潜り込み下から払うように一閃斬り付けたのだ。

 新之助はすぐさま腹の下から飛び出し、また太刀を体の脇に下げる。

 蜘蛛が痛みに体を持ち上げ、宗明にかかる荷重も軽くなった。

 怒りに声を上げる蜘蛛。

 腹の底に響く様な声だった。

「どうやら痛みを感じるらしい」

「だな。てことは、少しはまともな生き物ってことか」

 そうなのか?

 自分で言って首を傾げながら、新之助は次に切り込む機会を窺った。

 すると突然蜘蛛が後ろ脚を上げ逆立ちしたのだ。

「なんだ?」

 身構えた瞬間、その尻から白く長いものが飛び出してきた。

 くるくると渦を巻くように宙を飛んだかと思うと、宗明と新之助の後方へ。

「きゃあ」と言う悲鳴と共に、ゆらの体が宙づりになっていた。

「蜘蛛の糸か」

 以外に小技を利かせるらしい。

「ゆらさま」

 宗明が顔を青ざめさせ駆け寄ろうとすると、蜘蛛の前足がぶんと空気を震わせ襲いかかってきた。

「だから逃げろと言ったんだ!」

 それを受け止めながら声を上げる。

 今さら言っても遅いが、腹立たしい。

 まったく、どうして、あの人は私の言うことを聞いてくれない?

「焦るなよ」

 その前足に太刀を斬り付けながら、新之助が冷静に言った。

「うるさい。貴様に何が分かる」

「分かるさ。大切な人を守りたいって気持ちは」

「……」

 宗明は新之助の顔を思わず見返した。

 飄々としているが、どこか憂いを帯びた表情に、なぜか胸がきしむ。

「風間……」

「いったーい」

 宗明は何かを言いかけて、その大切な少女の悲鳴に現実に引き戻された。

 ゆらの細い肢体を蜘蛛の糸がぎりぎりと締め付けている。
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