姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「こら、ええ加減にせんかい!ゆらの貧乳がよう分かってまうやんけ!」

「すずちゃん、それ、いらない……」

 ゆらは苦しい息の中から絶え絶えに声を絞り出した。

 心持ち顔を赤らめた宗明は己を叱咤するように大きく息を吐き出した。そして助走。

 その勢いのまま、庭先にまで出ていた蜘蛛の糸に刀を叩きつけた。

 だが。

 糸は思った以上に柔軟だった。

 あっさり跳ね返され、水たまりの中に転がってしまった。

「く……」

 いつも身綺麗にしている宗明が泥と水で汚れている。

 さすがのゆらも申し訳なく思うがどうしようも出来ない。

 糸はさらに彼女を締め付け、気を失いそうなくらいだった。

 その光景に新之助は秀麗な顔をしかめた。

「本体やるしかないか。急所はどこだ」

 腹か。頭の付け根か。

 当たりを付け、頭と胴体が繋がる部分めがけて太刀をふるった。

 だが、そこに傷が付く前に前足に弾き飛ばされてしまった。

「こりゃ、いかんな」

 倒れ込んだ側から聞こえた陽気な声にさらに顔をしかめた。

「あんた、ゆらさん守るんじゃなかったのかよ」

「だあって、怖いじゃん」

「あんたって人は」

 久賀はどこまでも久賀だった。

「だが、実際やばいな。あのお嬢ちゃん」

 久賀が言う通り、ゆらは意識を手放してしまった。

 それを見計らったように糸が動いた。

 蜘蛛の口を目指して。

「喰われるぞ!」

 さすがの久賀も焦りの声を上げた。

 それを耳にしながらも新之助の意識はそこに留まらず、体は蜘蛛へ向かっていた。

 宗明の叫びが聞こえたような気がした。

 ゆらが蜘蛛の口へと吸いこまれていく。

 その寸前、蜘蛛の巨体が眩い光に包まれた。

 真上に浮かぶのは、五芒星。

 ギギッと鳴いた蜘蛛は、光の中で身動きの取れないことに戸惑っているように見えた。
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