姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「少々、おいたが過ぎますねえ」
そこに聞こえたのは、この場にそぐわない呑気な声。
だが僅かに怒気が混じっているように感じた。
「斎斗(さいと)。祓ってさしあげなさい」
「こんな小物に手間取るなんて先が思いやられる」
脇を風が通り過ぎた。
と思うと、新之助の前には狩衣姿の男が立っていた。
新之助は非常に不愉快なお小言をいただいた気分になったが、今はそんなことにはかまっていられなかった。
なぜ風だと思ったのか。
それは、その狩衣の男の纏う空気が、あまりに清廉で神々しかったからだ。
(人を神々しいだなんて、どうかしている)
自嘲する新之助の目の前で、その男は優雅な仕草で印を結んだ。
静かに静かに紡がれる、神を言祝ぐ祝詞。
それは徐々に、蜘蛛の巨体を見えない紐でがんじがらめにしていくようだった。
最後に狩衣の男が「風(ふう)」と短く呟いた。
刹那、蜘蛛は八つ裂きになった。
塵じりになって舞い散る蜘蛛であった禍(まが)つモノ。
雨に打たれて消えて行く。
消えずに残った少しのかけらは小さな蜘蛛に変化したが、それを今度は紙の鳥が啄(つい)ばみ燃え上がると消滅した。
やがて人ならぬものはすべて消え失せた。
細切(こまぎ)れになった糸から、ゆらが放り出された。
それを優しく受け止める宗明。
しかし愛しいものを取り返したというのに、その表情は険しい。
己の力不足を自省中のようだ。
太刀を鞘に納めながらほっと息をついた新之助は、大事なことを思い出した。
「そうだ。佐伯」
庭を見れば、腰砕けとなった佐伯の傍らに一人の男が佇んでいた。
「影どの」
駆け寄り声を掛ければ、“影”は軽く頭を下げた。
「このまま近藤さまの元へお連れする。追って沙汰を待たれるがよい」
「……心得た」
影に引っ立てられる佐伯の姿を、新之助は物足りない思いで見送った。
奴の口からは何も聞いていない。
近藤がすべてを暴いてくれるだろうが、結局自分は仇を討つことが出来なかった。
「化けの皮を剥がしただけ良かったと思いな」
ぽんと肩を叩かれ見れば、久賀が頭一つ分高い位置から白い歯を見せていた。
「……まあ、そうかな」
「おう。そうだぜ」
まさか、久賀に慰められるとは。
そのことにも軽く落ち込みながら、新之助は踵を返した。
未だ意識を取り戻す気配のない少女の元へ戻るために。
そこに聞こえたのは、この場にそぐわない呑気な声。
だが僅かに怒気が混じっているように感じた。
「斎斗(さいと)。祓ってさしあげなさい」
「こんな小物に手間取るなんて先が思いやられる」
脇を風が通り過ぎた。
と思うと、新之助の前には狩衣姿の男が立っていた。
新之助は非常に不愉快なお小言をいただいた気分になったが、今はそんなことにはかまっていられなかった。
なぜ風だと思ったのか。
それは、その狩衣の男の纏う空気が、あまりに清廉で神々しかったからだ。
(人を神々しいだなんて、どうかしている)
自嘲する新之助の目の前で、その男は優雅な仕草で印を結んだ。
静かに静かに紡がれる、神を言祝ぐ祝詞。
それは徐々に、蜘蛛の巨体を見えない紐でがんじがらめにしていくようだった。
最後に狩衣の男が「風(ふう)」と短く呟いた。
刹那、蜘蛛は八つ裂きになった。
塵じりになって舞い散る蜘蛛であった禍(まが)つモノ。
雨に打たれて消えて行く。
消えずに残った少しのかけらは小さな蜘蛛に変化したが、それを今度は紙の鳥が啄(つい)ばみ燃え上がると消滅した。
やがて人ならぬものはすべて消え失せた。
細切(こまぎ)れになった糸から、ゆらが放り出された。
それを優しく受け止める宗明。
しかし愛しいものを取り返したというのに、その表情は険しい。
己の力不足を自省中のようだ。
太刀を鞘に納めながらほっと息をついた新之助は、大事なことを思い出した。
「そうだ。佐伯」
庭を見れば、腰砕けとなった佐伯の傍らに一人の男が佇んでいた。
「影どの」
駆け寄り声を掛ければ、“影”は軽く頭を下げた。
「このまま近藤さまの元へお連れする。追って沙汰を待たれるがよい」
「……心得た」
影に引っ立てられる佐伯の姿を、新之助は物足りない思いで見送った。
奴の口からは何も聞いていない。
近藤がすべてを暴いてくれるだろうが、結局自分は仇を討つことが出来なかった。
「化けの皮を剥がしただけ良かったと思いな」
ぽんと肩を叩かれ見れば、久賀が頭一つ分高い位置から白い歯を見せていた。
「……まあ、そうかな」
「おう。そうだぜ」
まさか、久賀に慰められるとは。
そのことにも軽く落ち込みながら、新之助は踵を返した。
未だ意識を取り戻す気配のない少女の元へ戻るために。