姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
屋敷の中は水を打ったように静かだった。
誰かが手を回したのか、仕える侍も用心棒たちもいなくなっていたのだ。
新之助は近藤の手の者だろうと察しがついたが、無論それを他の面々に言う必要はない。
皆巨大な蜘蛛に怯え逃げ出したのだろうと思っていればいいのだ。
そんな屋敷の一室で、ゆらはひとまず体を拭いていた。
着替えがないのが辛いところだったが仕方ない。
そこへ障子の向こうから声がかけられた。
「ゆらさま」
「え……」
ゆらは手拭いを放り投げて障子戸に駆け寄り開け放った。
「おしずさん!」
おしずがにっこり微笑み、そこにいた。
そして傍らには師範代。
「良かった。戻れたんですね」
「ええ。ゆらさまのお着替えをと清水さまにご伝言をいただきましたからお持ちしましたの」
そう言って、おしずは風呂敷包みを差し出した。
「良かった……」
ゆらの目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
ここでようやく緊張の糸が切れたのか。
おしずも「まあまあ」と目頭に涙をためながら、泣き崩れるゆらの背をさすってやった。
「娘たちも皆無事に親元に帰りましたわ。本当にありがとうございました」
ゆらは泣きながら、うんうんと頷いていた。
「とりあえず、わたくしの着物をお持ちしましたから着替えてくださいな」
しばらくして泣き止んだゆらは、おしずから風呂敷包みを受け取り一旦障子を閉めた。
湿った着物を脱ぎ、おしずの着物に着替えると、乱れきった髪を適当にまとめた。
廊下に出ると、おしずと師範代がそのまま待っていてくれた。
「お休みにならなくても大丈夫ですか」
「うん。なんだか興奮しちゃって眠れそうにもないし」
「では、あちらにおむすびを用意しておりますから参りましょう。皆さまもお待ちですわ」
「おしずさんも疲れてるのに。ありがとうございます」
「わたくしは家で少し休めましたから大丈夫です」
ゆらは師範代をちらっと見た。
言葉少ない師範代であったけれど、その視線は常におしずに注がれ、無事であったことを喜んでいることは明らかだった。
(本当に良かった)
ほっと息をついて、皆が待っているという部屋に向かった。
蜘蛛が大穴を開けた部屋はもう使えないと、離れの一室に席が設けられているらしい。
畳の上に簡単な弁当が広げられ、皆ゆらを待っていた。
嵯峨の膝の上に鈴が丸くなっている。
新之助は腕を組み、目を閉じて何か思案中のようだ。
その隣で久賀が目を輝かせながらおむすびの群れを眺めている。
車座になり落ちつくと、おしずの「さあ、召し上がれ」という言葉で真っ先に手を伸ばしたのは、ゆらと久賀だった。
誰かが手を回したのか、仕える侍も用心棒たちもいなくなっていたのだ。
新之助は近藤の手の者だろうと察しがついたが、無論それを他の面々に言う必要はない。
皆巨大な蜘蛛に怯え逃げ出したのだろうと思っていればいいのだ。
そんな屋敷の一室で、ゆらはひとまず体を拭いていた。
着替えがないのが辛いところだったが仕方ない。
そこへ障子の向こうから声がかけられた。
「ゆらさま」
「え……」
ゆらは手拭いを放り投げて障子戸に駆け寄り開け放った。
「おしずさん!」
おしずがにっこり微笑み、そこにいた。
そして傍らには師範代。
「良かった。戻れたんですね」
「ええ。ゆらさまのお着替えをと清水さまにご伝言をいただきましたからお持ちしましたの」
そう言って、おしずは風呂敷包みを差し出した。
「良かった……」
ゆらの目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
ここでようやく緊張の糸が切れたのか。
おしずも「まあまあ」と目頭に涙をためながら、泣き崩れるゆらの背をさすってやった。
「娘たちも皆無事に親元に帰りましたわ。本当にありがとうございました」
ゆらは泣きながら、うんうんと頷いていた。
「とりあえず、わたくしの着物をお持ちしましたから着替えてくださいな」
しばらくして泣き止んだゆらは、おしずから風呂敷包みを受け取り一旦障子を閉めた。
湿った着物を脱ぎ、おしずの着物に着替えると、乱れきった髪を適当にまとめた。
廊下に出ると、おしずと師範代がそのまま待っていてくれた。
「お休みにならなくても大丈夫ですか」
「うん。なんだか興奮しちゃって眠れそうにもないし」
「では、あちらにおむすびを用意しておりますから参りましょう。皆さまもお待ちですわ」
「おしずさんも疲れてるのに。ありがとうございます」
「わたくしは家で少し休めましたから大丈夫です」
ゆらは師範代をちらっと見た。
言葉少ない師範代であったけれど、その視線は常におしずに注がれ、無事であったことを喜んでいることは明らかだった。
(本当に良かった)
ほっと息をついて、皆が待っているという部屋に向かった。
蜘蛛が大穴を開けた部屋はもう使えないと、離れの一室に席が設けられているらしい。
畳の上に簡単な弁当が広げられ、皆ゆらを待っていた。
嵯峨の膝の上に鈴が丸くなっている。
新之助は腕を組み、目を閉じて何か思案中のようだ。
その隣で久賀が目を輝かせながらおむすびの群れを眺めている。
車座になり落ちつくと、おしずの「さあ、召し上がれ」という言葉で真っ先に手を伸ばしたのは、ゆらと久賀だった。