姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 将軍家嫡男、政光(まさみつ)は、この日、今もっとも会いたくない人物と対面する予定となっていた。

 先日の花の宴での、父の発言。

「赤松の縁談を用意している」

 その縁談の相手が誰なのか、政光(まさみつ)には十分過ぎる程(ほど)察しが付いていた。

 父の、赤松に対する評価はかなり高い。その評価に劣らぬものを、確かに彼は持っている。和成(かずなり)と深い親交のある政光は、そのことをよく知っていた。

 人柄も申し分ない和成に、異母妹であるゆらが嫁いだとすれば……。

(きっと、あの子は幸せになるだろう。広く温かな彼に包まれ、幸せな一生を送るだろう)

 そう思う。

 けれど、胸を刺すような痛みがあった。その相手が自分であったなら、あの子を幸せにしてやれるのが、自分であったなら……。

 彼女に対する特別な感情に気付いたのは、いつだったか。

 それは、初めて会った、あの日から始まっていたのかもしれない。

 あの子は、この魔窟(まくつ)のような城に差した、一条の光。俺の心を救ってくれた大切な子。

 彼女の前では、普通に兄として振舞っているつもりだった。この感情を気付かれないように、細心の注意を払ってきた。

 でも、一人の時には、溢れてくるものを止められなくなる。

 万に一つも望みのないのは分かっている。

 決して一線を越えることは出来ないことも、分かっていた。

 あの子に会えるのは、月に一度もなかった。

 だから思いは強くなっていくのかもしれないが……。

 求めても、手を伸ばすことのできない恋しい人。あきらめては、いた。





 静かに彼は、次の間に入って来た。

 同い年の和成が大人に思えた。

 すでに藩政を握り、手腕を発揮している男と、まだ父の補佐役でしかない自分と。

 その差は歴然としていた。

 劣等感というのではない。 ただ素直に、彼には敵わないと思っている自分がいる。
 
 一通りの挨拶をすませると、和成はむっつりと黙り込んでしまった。 言いたいことがあるはずなのに、何から切り出したらいいのか分からない、そんな感じに見えた。

「おやじに言われたこと、か?」

 だから政光は水を向けてやった。

「……」

 それでも、和成は黙ったまま。

「妻は娶らないと公言していたお前だけど、とうとう年貢の納めどきだよな」

「なんとか、お断りする方法はないでしょうか」
と、あの冷静な和成が、必死と顔に書いて言いつのった。

「断る?」

「はい。今日は、政光さまにそのことをお聞きしたくて参ったのです」

「縁談を断る方法を?」

「はい。私は、心に決めた人がいるのです。」

「え?」

「その人以外は考えられない。ですから政光さま」

「ちょ、ちょっと待った。和成」

「はい」

「お前、誰かに、懸想(けそう)しているのか?」

 まさに青天の霹靂。

 堅物の和成が誰かに恋したって?

 他に想う人のいる相手になどあのゆらが嫁ぐ気になるはずがなく、もしかしたら出奔してしまうことだって考えられた。

(あの子の性格は、親父もよく知っているはずだ)

 和成が懸想していると告げれば、この縁談は立ち消えになるかも知れない。

 そう思い、政光は内心小躍りしていた。
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