姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 しかし母との再会を果たしたあと、ゆらに何か変化があったかと言えばそうでもなく、水戸にいた時と同じように部屋を抜け出しては、乳母やあやめを辟易させていた。

 若年寄やお中臈と言った身分の高い奥女中たちの目は冷やかだったが、お目見え以下の者たちにはすこぶる人気が
あるようで。ゆらが台所や洗い場に顔を出すたびにお菓子だのなんだのと分けてくれる。

 成人を迎えた姫であるのだから、簾中で大人しくしているようにと再三再四言われても、ゆらは一向に聞く耳を持つ気はないようで、どうやら落ち着きがないのは母に会えない寂しさを紛らわせる為だけでなく、彼女の生来の性格というのも多分に関係しているようだった。
 
 母の病が一進一退を繰り返す中、ゆらの城での生活が軌道に乗りしばらく経った頃異例の人事が発表された。

 大目付清水の嫡男 宗明が、ゆらの目付け役として大奥に上がることになったのだ。

 将軍以外の男性が立ち入ることを禁じられている大奥において、これはまさに異例の事態。

 その背景には、宗明がかつて小姓として側に仕えていた、ゆらの異母兄である若君と、ゆらとはなさぬ仲であるのに江戸に戻って以来何かと気にかけてくれる御台所の後押しがあったと言われるが、当のゆらには詳しいことは知らされない。

 ただ、目付け役が幼い頃から見知っている宗明であったことに、少しほっとしたくらいだった。






 その頃からゆら姫は城を抜け出し、市中を徘徊し始めた。それまでは城内を所狭しと駆け回るだけで満足していたのに、ある日、誰にも告げずに城を抜け出したのだ。塀に破れ目を見付けたことがきっかけだった。

 初めて江戸の市中に出てみると、そこは活気に溢れていた。城中はもちろん、水戸の城下とも違う。
 
 江戸はやはり、この国一番の大都市だった。

 このところ頻繁に続く地震の被害にあってもなお、この都市は元気いっぱいであるようだ。

 完全におのぼりさん状態になったゆらは、きょろきょろと辺りを見回しながら、通りを歩いて行く。そこは商家が立ち並ぶ通りであったのか、随分人通りも多く、老若男女が入り乱れるように歩いていた。

 店の呼び子の声も高らかに、また振り売りの言上も辺りに響く。

(おお!お祭りみたいだ)
 
 うきうきと棚に乗せられた商品を眺めていると、ふと美味しそうな団子が目に付いた。

(ぬぬっ)

 それは団子の屋台だった。

 真っ白い団子にかけられた甘じょっぱいタレ。

 無類の団子好きであるゆらは、もうすっかり釘づけだ。
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