姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
季節は春。そろそろ桜が咲き始める頃。
街道から続く、海風を凌ぐために植えられた松の立ち並ぶ海岸。その松林に転がる、大きな岩の上に座る人影があった。
木綿の袷と藍の袴。腰には小太刀を帯び、長い髪は後ろの高い位置で一つ結び。まだ若い、元服もまだの侍のようだ。
しかし一見少年剣士のように見える彼は、実のところ、ゆら姫の扮装なのであり、それがまた至極自然にしっくりと来ている。知らない者が見れば普通に少年で通ってしまうだろう。
又彼女は今まさに大きな口を開けて、串に刺した団子を頬張ろうとしていて、その仕草はとても将軍家の姫のものとは思えないのだった。
そんな無防備な彼女の後ろ姿を、少し年嵩の、背の高い侍が心配をしているようにも、怒っているようにも取れる微妙な表情で見守っている。
「三郎太も食べる?」
やや高めの、幼く聞こえる声で言うと、ゆらは新しく袋から取り出した団子を、後ろに控える侍に差し出した。
三郎太というのは清水宗明の幼名で、成人し、幕府の要職にあるこの侍を、この少女はいまだに幼名で呼んでいる。それが、彼女の精神の安定を図るための手段であることを知っている彼は、その事を指摘しない。
清水宗明という立派な名前があっても、少女に「三郎太」と呼ばれれば、それまでの憮然とした表情を捨て「はい」と穏やかに答えるのだ。それが彼女に大きな安心を与えることを、彼は知っていた。
団子を差し出された宗明は首を横に振った。その仕草には諦めも滲んでいるようだったが、ゆらは気にする様子もなく、「そう?美味しいのに」と言いながらかぶりつくと、「はしたない」と途端に後ろから厳しい言葉が浴びせられた。
「何よう」
「何よう、ではありません。あなたさまはあなたさまのお立場を、もっと真剣に考えるべきです」
「お説教する三郎太、きら~い」
「嫌い」と言われ、一瞬苦い表情をした宗明だったが、負けじと言葉を続けた。
街道から続く、海風を凌ぐために植えられた松の立ち並ぶ海岸。その松林に転がる、大きな岩の上に座る人影があった。
木綿の袷と藍の袴。腰には小太刀を帯び、長い髪は後ろの高い位置で一つ結び。まだ若い、元服もまだの侍のようだ。
しかし一見少年剣士のように見える彼は、実のところ、ゆら姫の扮装なのであり、それがまた至極自然にしっくりと来ている。知らない者が見れば普通に少年で通ってしまうだろう。
又彼女は今まさに大きな口を開けて、串に刺した団子を頬張ろうとしていて、その仕草はとても将軍家の姫のものとは思えないのだった。
そんな無防備な彼女の後ろ姿を、少し年嵩の、背の高い侍が心配をしているようにも、怒っているようにも取れる微妙な表情で見守っている。
「三郎太も食べる?」
やや高めの、幼く聞こえる声で言うと、ゆらは新しく袋から取り出した団子を、後ろに控える侍に差し出した。
三郎太というのは清水宗明の幼名で、成人し、幕府の要職にあるこの侍を、この少女はいまだに幼名で呼んでいる。それが、彼女の精神の安定を図るための手段であることを知っている彼は、その事を指摘しない。
清水宗明という立派な名前があっても、少女に「三郎太」と呼ばれれば、それまでの憮然とした表情を捨て「はい」と穏やかに答えるのだ。それが彼女に大きな安心を与えることを、彼は知っていた。
団子を差し出された宗明は首を横に振った。その仕草には諦めも滲んでいるようだったが、ゆらは気にする様子もなく、「そう?美味しいのに」と言いながらかぶりつくと、「はしたない」と途端に後ろから厳しい言葉が浴びせられた。
「何よう」
「何よう、ではありません。あなたさまはあなたさまのお立場を、もっと真剣に考えるべきです」
「お説教する三郎太、きら~い」
「嫌い」と言われ、一瞬苦い表情をした宗明だったが、負けじと言葉を続けた。