姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
(それを分かっておいでだから、清水さまは……)

 己の想いを決して表に出そうとはしない。

(あの方は?)

 あやめがそっと振り返って見れば、赤松は踵を返し御殿の方に歩み去る所だった。心配する程の執着ではなかったのか。

 ほっとして、また前を見た。

「あやめさま。いかがなされました?」

 腰元の一人に問われたのに笑顔で返し、

「さあ、一刻も早く姫さまを捕獲しなければ。あの方は何処に茶席があるのかも分からぬのに、やみくもに走っておられる」

 また頭痛がしてきた。けれど今はそれに構っている暇はない。とりあえず赤松の事は頭の隅に追いやり、ゆら姫捕獲に集中することにした。

 その後すぐ赤松が振り返り、名残惜しそうに桜の姫の面影を追っていたことを知らぬままに……。




 生け垣を飛び出た途端、ゆらは人に激突しそうになった。咄嗟に避けたから大丈夫だったけれど、あのままぶつかっていたら、また宗明の拳骨を貰うところだった。

 桜並木を抜けた所で、ゆらは走るのをやめ、庭の真ん中にある池の周りを歩いていた。

(それにしても、かっこいい人だったな……)

 ふふっと一人照れたように笑って、ゆらは先程の事を思い返した。

(雰囲気は少し兄さまに似ていたような。でも、見た目はどっちかと言うと、宗明?)

 思い起こせば、ゆらが知る異性はそう多くない。同年代の、と限定すればなおさらだった。

 その中にあって、桜並木の人は血縁でもなく幼馴染でもない初対面の異性。いくらゆらが初心(うぶ)だと言っても、十七のお年頃。見目良い殿方が現れれば、自然と心が浮き立つのは仕方ない事だった。

(名は何と言われるのかしら。ここにいるという事は、何処かの藩の藩主よね)

 宴席ではご馳走に集中していたゆらは、彼が誰か知らなかった。

 (三郎太に聞けば分かるかしら)と思った矢先、池を一周したところで壮年の男性と談笑する宗明がいた。

 「三郎太~!」と呼べば、ぎょっとした顔をして、男性に会釈した後小走りでゆらの元にやって来た。

「どうかされましたか?あやめどのは?一緒ではないのですか?」
 
 相変わらずの苦労性である。

 ゆらは質問攻めの宗明にうんざりした顔をして、「そんなことより」と宗明の言葉を遮った。

「そんなことって、大事な事でしょう?」

「ちょっと走りたくなって走ってただけもん。それより、わたし、すっごくかっこいい人に会っちゃったの」
 
 宗明は彼女のどの言葉に反応すればいいのか分からなかった。どれも彼にとっては不本意な物であったからだ。

「えっと、どんな人かと言うとね。あ、あそこにいる人、そうじゃないかな~」

 ゆらが指さす方を見れば、それは紛れもなくこの藩邸の主だった。
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