姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「なら、少し体を動かして帰りましょう。竹刀を振れば、少し気分も落ち着かれましょう」

 いつもなら決して自分からは勧めない事を言って、宗明は先に立って道場へと向かった。

「いいの?」

「私がお側にいる間は、ゆらさまのお好きになさっていいのですよ」

(御台さまがお聞きになったら、清水は甘すぎるとお叱りを受けるだろうか)

 ちらっと思ったが、今はこの世間知らずな姫の気持ちを落ち着かせることが先決だ。

 そう思い、宗明はゆらに手を差し出した。

「さあ。ゆらさま」

「うん……」

 重ねられた手は、少し冷たい。そして、思っていたよりも随分小さかった。

(この方はまだあの時のまま、無垢で、幼い……)

 無邪気なままで成長した彼女に、縁談など重過ぎる話だろう。

 縁談とは何なのか。男女の間の事さえ、彼女には理解出来ないのではないか。

(私がこの方の相手として相応しければ……)

 ふと思ってしまい、考えても仕方のないことだとかぶりを振った。

「三郎太」

「はい?」

「何処か、誰もわたしを知らない所に行けたらいいのにね」

「……」

 二人はどちらからともなく、互いの手を握る手に力を込めた。

 お互いを必要としていながら、心は違う方を向いているような覚束なさを感じながら。

< 48 / 132 >

この作品をシェア

pagetop