姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
(口付けをしようとされていたのだわ……)

 あやめはゆらの褥の傍らに控えながら、先程の事を考えていた。

 胸が痛い。
 宗明の想いと、彼の立場を知ればこその痛みだった。

 先の見えない想いに、宗明は恐らく長い間耐えてきた。
 そしてこれからも耐えて行かねばならない。

(なんとも、不憫な事)

 もし此の世が身分など関係なく、好いた者同士想いを遂げることの出来る世であったなら。

(そんな事、考えても仕方ないわね)

 あやめは自嘲の笑みを浮かべた。

 考えても、身分は冷然と人々の前に存在し、将軍の姫が旗本に嫁ぐなどありえない。
 帝の後宮に入ってもおかしくない姫君なのだから。

(わたくしが言わなくても、清水さまが一番よくお分かりだわ)

 だからこそ彼は己を律し続ける。

 けれど、そのタガが外れかかっているのだとしたら?

 それが限界に来る前に、宗明は自分からゆらの側を去るだろう。

 姫を傷付けない為に。

 あやめはそう思い深い溜め息を吐いた。




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