姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 間もなく丑三つ時。

 ことり、と部屋の中で音がした。

 刀を持つ手に力が入る。

「キャッ」

 ゆらの小さな悲鳴が聞こえた。

「御免!」

 短く言うと、宗明は飛び込んでいた。

 御簾(みす)の外には、不寝番(ねずばん)の腰元が、懐剣を手にしたまま、泡を吹いて気を失っていた。

 それを横目で見て、御簾の内に目を凝らせば、そこには影が二つ。

(いや。二つなんてありえない!)

 三郎太は御簾ごと影を突き刺し、さらに上に向かって切り放った。

 影は「ギッ」という身の毛のよだつ声を出して、霧散(むさん)した。

 影と対峙(たいじ)していた夕羅は、へなへなとその場に座り込んでしまった。 息一つ乱さず彼女に近付寄った宗明は、彼女をそっと抱いた。

「平気か?」

 こくこくと小刻みに頷くのを感じて、「なら良かった」と、微笑んだ。

 すると夕羅が、 「三郎太って、意外にかっこいいのね」と感心したように言ったのだ。

(意外にってなんだよ)
と思わないでもなかったが、

(まあ、ちょっとでもかっこいいって思ってくれたなら、良しとしないと)
と、思い直した宗明だった。

「三郎太」

 まだ震えの止まらない夕羅が、か細い声を出した。

「なんです?」

「あの影、このところずっと、わたしを見ていたの」

「……」

「でもやっぱり、わたしの見(み)間違(まちが)いだろうと思って……」

「もっと早くに言って頂けたら」

「だって。柳を幽霊だって言っちゃうような、わたしなのよ。信じてくれないだろうと思ったから。でも今夜は宿直をしてくれて嬉しかった」

「あなたを守ることが、私の役目ですから」

「うん。またさっきみたいなの来たら、よろしくね!」

 宗明は夕羅を抱く手に力を込めた。

夕羅はそんな宗明の肩に、頭をもたせ掛けた。

「三郎太がいてくれたら、わたし、怖い物なんてないんだ……」

 その言葉に、宗明は小さく笑った。

「ならば、ずっとお側におりましょう。姫の盾となり、刀となりましょう」
 


 
 けれど、運命とは皮肉なものだ。

 世界に二人だけいられたら良かったものを。

 この夜を境に歯車は少しずつ回り始め、ゆらと宗明はその大きな変化に飲み込まれていくことになる……。




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