姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 その後ゆらの寝所に物の怪が現れることはなく、連夜宿直していた宗明も、ようやくひと月目にしてその役を辞した。

 季節は梅雨を迎えようとしていた。

 あの物の怪は何だったのか。

 答えを出せるものは幕府の中にはおらず、うやむやなまま時ばかりが過ぎ去って行った。

「京に尋ねてみよう」

 そう言い出したのは政光。
 知り合いの公家に、高名な陰陽師と懇意にしている者がいるという。

「この時代に陰陽師ですか?」

 宗明は現実的でない、不可思議な事はあまり信じない性質らしい。

「こうして手をこまぬいてばかりいて、ゆらにもしものことがあれば遅かろう」

 政光のその一言で、京に向けて使いが出されることになった。

 世継ぎの君の親書を受け取った際、件の陰陽師はこう言ったという。

「やっと、この時が来ましたねえ」
と。





 時を同じくして。

 一人の娘が行方知れずとなった。

 それは、ゆらが姉とも慕う、深川剣術指南道場の主の愛娘 おしず。

 今しも雨を落としそうな、どんよりとした曇天の日。

 屋敷内から忽然と姿を消したという。









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