姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 数日後。

 新之助は佐伯の屋敷にいた。

 そこには、多くの浪人者が集っていた。

 その中に混じり、新之助は屋敷の様子を窺っている。

 一介の江戸詰の藩士の屋敷にしては随分豪奢な屋敷だった。

 屋根瓦は真新しく、葺き替えたばかりのようだったし、庭にも珍しい異国の鳥が放し飼いにしてあり、どこのお大尽さまの屋敷かと思うような設えだった。

(随分羽振りがいいらしい……)

 それが国許での一件と何か関係があるのか。

 その報酬でこのような暮らしぶりをしているなら、何とも腹立たしいことだと新之助は思った。

 集う浪人者たちはと言えば、無精髭を生やし着物もよれよれな者から、恰好だけは身綺麗に整えて来ている者まで様々だった。

 いずれも腕に覚えのある者ばかりだなのろう。

 隣の者とにこやかに談笑しながらも、その目は鋭い光を帯びている。

(とにかく、採用されなければ意味がない)

 新之助は静かに気を引き締めた。

「貴公は浪人ものか?」

 突然声を掛けられた。

 動揺を見せないように顔を向ければ、縦にも横にも体格の良い偉丈夫が立っていた。年は新之助よりも大分上のようだ。

「そうだが。それはそちらもだろう?」

「如何にも。だが、貴公には浪人者にしては違う気配を感じたのでな」

「……」

「まあ、まあ、睨むな。若い者は喧嘩っ早くていけない」

 新之助はふっと視線を外し、呼び出しの声に釣られたふりをして、その場を立ち去ろうとした。

「怒るなって。それがしは久賀と申す。貴公は?」

「……風間」

「そうか。風間か。お互い受かれば良いがな」

「……時間のようだから」

「まあ、待てって。風間。知っておるか?」

 初対面。それもこんな場所だというのに馴れ馴れしい。

「……話し相手が欲しいなら、他を当たってくれ」

「つれなくするなって。某は貴公を気に入ったのだ」

 何処に気に入る要素があったのか。

 新之助は半ば苛っとしながら、久賀と名乗った浪人者を睨んだ。

「だから、すぐ睨むんじゃないって。分かった。風間は浪人になったばかりなのだな?いいか、風間。浪人というものは、常に控えめに目立たぬよう謙へりくだっておらねば、世を渡ってゆけぬぞ」

 どうして、浪人としての心得など教わらねばならないのか。

(いい加減にしてほしい)

< 71 / 132 >

この作品をシェア

pagetop