姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 おしずが行方知れずになってひと月あまり。

 彼女の行方は杳として知れなかった。

 さらに、ここに来て、風間新之助まで道場に姿を見せなくなった。

 新之助の無断欠勤は、今日で三日目だ。

 おしずの件に風間が絡んでいるのか。

 それは誰もが思い、しかし口には出せないでいる事だった。

 新之助がいなくなる前、彼はおしずを探し続けていたからだ。

 その真剣な様子からは彼が嘘をついているようには思えず、彼の堅実な人柄からも人攫いをするような人物には思えない。

 それとも、そんな彼に上手く騙されているのだろうか。

 道場に残された者たちの悩みは深かった。

「自身番でも捜索を続けてくれているようだが、足取りは全く掴めぬそうだ」

 たった一人の愛娘がいなくなったことで、柳生はすっかりやつれてしまった。

 何も手に着かないようで、ふらふらと出て行っては深川周辺を歩き回り、娘の手掛かりを探す毎日。

 師範代はさすがに稽古を怠ることはないけれど、それでもそれが終われば街に出て行き夜中まで帰らない。

 ゆらも宗明に付き添われながら、おしずを探していた。

 しかし宗明とて役のある身。

 そう毎日ゆらの付き添いが出来るわけでもなく、彼女のお忍びは数日に一回程度。

 焦る気持ちを抑えて、ゆらは宗明の体が開く日を待っている。

「おしずさん……風間さん……。柳生に関わる人が二人も……」

 そこに関連性があるのか。

 彼女の浅知恵では答えは出せない。

 部屋にいてもじりじりとして落ち着かないので、彼女は庭の樫の木に登って江戸の街を見渡していた。

 ここから見れば、そこはいつもと変わらぬ風景。

 屋根が連なる中に、鐘楼が伸び、その先には遠く富士のお山が見える。

(町は何も変わらないのに……)

 そこに住む人には、思わぬ災難が降りかかる。

「おしずさん……」

 姉とも慕う、おしず。

 どうか無事でいてほしい。

「よし」

 一声上げると、ゆらは枝から飛び下りた。

 ここは思い切って、一人で出かけよう!

 あとのお叱りは甘んじて受ける!

 宗明の重たい拳骨を思い出し、頭頂部に思わず手をやったゆらだったが、これはおしずの為なのだと自分を鼓舞して、塀の破れ目の向こうへと出て行った。




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