姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
「お、おしずさんがいなくなりました」

「知ってる」

「か、風間さんもいなくなりました」

「ここにいるよ」

「そ、そうだけど……。みんな、心配してます!」

 一瞬新之助の表情が曇ったように感じた。

「風間さん?」

「道場はやめたんだ。他に働き口が見つかったから」

「お師匠さまはご存じじゃないです」

「ああ、そうだね」

「風間さん!」

 何とか相手の事情を探ろうとするゆらに、新之助は一層顔を寄せた。

「おしずさんの事は分からない。だから、これ以上俺には関わらないで。ゆらさんは、こちらに来てはいけない人だから」

「え?」

「俺のことは忘れて」

「忘れないよ!」

「何故?俺は、あなたが関わっていい人間ではない」

「いいか、悪いかは自分で決める。少なくとも、わたしにとっては風間さんはいい人だもん。ダメだって言われても、絶対忘れないから!」

 至近距離で交わる二人の視線。

 ゆらは丸い目をさらに大きくして、新之助を見据えている。

 引き寄せられるように、ゆらの目を覗き込んだ新之助は、彼女の瞳のきらきらに紛れる自分の姿を認めると目を伏せた。

「お願いだから……」

 新之助は壁についていた手を外すと、ふらふらと狭間から出て行こうとした。

「風間さん」

 慌てて彼の腕を掴んだ、ゆら。

「だめだよ。風間さん」

 彼を一人で行かせてはだめだ。

 そう訴えかける本能に従い、ゆらは新之助の腕をほとんど抱くようにして掴み続けた。

 彼女の手を振り払おうと思えば振り払えるはずなのに、新之助はどうしてもそうすることが出来なかった。

「ゆらさん、放して」

「絶対、放さない」

 どちらも引かないまま時間だけが過ぎて行く。

 このままでは埒が明かないと、新之助は大きな溜め息を吐いた。

「分かった。なら、おしずさん探しを手伝うよ。それでいいでしょ?」
「……」
「何?」
「ま、いっかあ」

 何が不満なんだよ。

 そう言い返したかったが、これ以上押し問答が伸びるのも億劫だと、新之助は広小路へと足を向けた。
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