姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】

(3)用心棒

 新之助は道場に行ったのか。

 おしずの行方の手がかりは何かつかめたのか。

 確かめることも出来ないまま数日が過ぎていた。

 ゆらはついに外出禁止を宗明に言い渡されてしまったのだ。

 無理もない。

 黄昏時。よく知りもしない男と二人、長屋の一室にいるところを見つかってしまったのだから。

 新之助は気を遣って障子戸を開けていたし、二人の間に何かあったとは考えられないけれど、これはけじめというものだ。

 さんざん甘い顔をして来たが、今度ばかりは宗明も見過ごしにはできなかった。

 行き先を告げ、供をつけて城を出ること。

 その約束を違(たが)え、さらにどこの馬ともしれない浪人者と二人きり!

 最低限の約束すら守れないなら、お仕置きは当然である。

 あの日。ゆらを探し当てた宗明は声を荒げ叱ることもなく、拳骨も落とさなかった。

 日が落ちる間際(まぎわ)の刹那(せつな)の残光の中で、ただ悲しそうな目でゆらを見ただけだ。

 謝るゆらに、首を振って答える宗明。それはゆらを拒絶しているようにも思え、さすがのゆらも堪えた。

 だからこそ外出禁止を言い渡されたここ数日を、日がな一日大人しく過ごしていたのだ。

 しかし、やることがない。

 手習いをしようと墨をすってみても、筆を手に取る前に飽きてしまうし、あやめがここぞとばかりに琴の練習をやらせようとするけれど、気乗りしないままビンビンと二度ほど糸をはねては爪を投げて遊び始める。

 頭を抱えるあやめに、「だって向いてないんだもん」と悪びれた風もなく微笑みかけた。

 その笑顔がまた可愛らしいときているから、いよいよ憎らしい。

「いっそ御台さまにお稽古をつけていただこうかしら」と奥の手をちらつかせると、すぐにその笑顔を引っ込めて、「御台さまもお忙しいでしょう」とあたふたする。

 そんなやりとりを、ここ数日ずっと二人はやり続けていた。

 その日もしとしと雨が降っていた。

 今年は長梅雨なのか。

 お天道さまは雲の向こうに隠れ、いっこうに暑くならない。

 夜ともなれば肌寒いくらいになり、ゆらですら今年の稲の出来を心配するくらい
の天候不順だった。

 稲ができなければ年貢が取れない。そうなると農家の暮らし向きは悪くなる。

 江戸には商人が多いけれど、一歩郊外に出ればそこには田畑が広がり、江戸の食生活を支えてくれていた。

 幕府や米問屋、諸藩のお蔵には備蓄米がある。けれど、それを庶民の隅々にまで行き渡らせようとすれば、思った以上の手間と人手がかかってしまう。

 もし不作であったなら、その備蓄米をいかに配分するか、ここに来てまた幕閣を悩ませる事案が発生してしまった。

「攘夷だけでも頭の痛いことであるのに」とある老中が言ったというが、そこまではゆらのあずかり知らぬことである。
< 84 / 132 >

この作品をシェア

pagetop