姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
外からは雨音が途絶えることなく聞こえていた。

 夜の闇が濃くなるにつれ、いよいよ雨脚が増してきたようだ。

 遠くの方で雷の音もしている。

 ここにきてようやく、梅雨明け間近の大雨になるのかも知れなかった。

 ゆらは突っ伏していた体を起こし畳に正座したものの、まだ布をかぶったままの姿で鈴という猫と対峙していた。

 軒を打つ雨音も雷の音も布を通せばおぼろげに聞こえるだけだ。

 外の音は気にならないが、しかし目の前にいる猫はどうしたって目につく。

 てちてちと前足をなめている猫。

 茶に黒い縦じまのあるキジトラだった。

 もふもふふわふわ。毛繕いしたからか、さらに毛艶も良くなっている。

(可愛いのに……)

 人の言葉さえ口にしなければ、すぐにでも抱き上げてスリスリギュウギュウしたいところだ。

 けれど相手は妖の類と思われる。

 猫でアヤカシと言えば……。

「猫又だ」

「ちゃう」

「猫又でしょ?」

「ちゃうっちゅうねん」

「だってお話しできるし」

「話しできたら猫又かい」

「だって猫又じゃん」

「しつこい」

 鈴と名乗った猫はてちてち舐めるのをやめ、ぎろっとゆらを睨んだ。

「ほんまボケてるなあ。先が思いやられるわ」

「だって、お話しできる猫なんて」

「ええか、よう聞け」

 鈴は小さな胸をうんと張った。まさにふんぞり返っている。

 ほっぺたがぷっくりと膨らんで、笑っているようにも見えた。

「うちはなあ。偉い坊(ぼん)さんから仏さんの法力(ほうりき)を授かった、有難くも可愛らしい猫さんやで!」

 ゆらは思わず「うへへへえ」と平伏してしまった。

 ゆらのそんな反応に、鈴もまんざらでもないのか、うんうんと満足そうに頷いている。

「鈴ちゃんて凄いのねえ」

 顔を上げたゆらは、心底感心してそう言った。

「あんた、騙されやすそうやな……」

「え、わたし、騙されてるの?」

「いや。騙してへんけど」

「だったら、鈴さんはお寺の猫さんなのね?」

「ちゃう」

「でも、お坊さんに飼われてたんでしょう」

「ちゃう。飼われてへん。力授かっただけや」

「ん~?」

 どうやら猫に理解できることが、ゆらにはできないらしい。

 考え込んだゆらに、鈴は「もうええわ!」と言い放つと、ちょいちょいと招き猫のように手招きした。

「なんですかあ?」

 なんとなく人と猫の立場が逆転しているように思えるが、当のゆらが気にしていないのだから、まあいいだろう。

 にじり寄ったゆらの耳に鈴は口を寄せた。

 ぴくぴく動く髭がくすぐったい。

 くすくす笑うゆらに、「真面目に聞け」と怒鳴ると、声を潜め「これからうちの言うこと、仔細漏らさず覚えるんやで」と言った。
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