もっと★愛を欲しがる優しい獣
「渡辺」
私を呼び止める声の中に怒りが含まれていることは直ぐに分かった。
声を聞くのは2時間ぶり。顔を見るのは久し振り。
……何が悲しくてこれまで頑なに拒んでいた男とタイミング悪く鉢合わせしなくてはならないのだ。
(何でいるのよっ……!?)
私は佐伯の顔を見るなり回れ右をして、そのまま猛ダッシュで会社を飛び出したのだった。
もう濡れても構わない。
今は一刻も早くこの場から速やかに立ち去ることが先決だった。
「お前、どういうつもりだ!?」
逃げてもなお追いかけてくる佐伯の気配を背中に感じると、私は覚悟を決めて足を止めた。
雨粒が顔に当たって冷たかった。それが、逆に私の頭を冷静にさせていった。
「電話にもでない。メールも返さない。会社ではことごとく俺を避けてるよな?」
何も考えないように固く目を瞑る。打ちのめされた情けない顔だけはしたくなかった。
佐伯の追究から逃げられないのなら、いっそのこと……。
私はクルリと佐伯の方を振り返ると、努めて明るく振る舞うことにした。