もっと★愛を欲しがる優しい獣

「……ちょっと待ってて」

ありえないと笑い飛ばされるものだとばかり思っていたら、鈴木くんは真顔で眼鏡ケースからいつもの瓶底眼鏡を取り出すと耳にかけたのだった。

「その男はこういう眼鏡をしていなかった?」

「あ……」

自分の顔を指さす彼の表情に、数年前の記憶が俄かに掘り起こされていく。

あれは、総務部で使う大事なファイルを間違って消去してしまって、色々な人にたくさん迷惑をかけてしまって本当に落ち込んでいた時だった。

せめて気分転換でもしようかと休憩室でジュースを買おうとしてうっかり財布を持ってくるのを忘れた私に、優しく声を掛けてくれた人がいて……。

”良かったらどうぞ。ココアですけど”

たまたまもらったのは私の大好物のココアで、全然知らない人なのに頑張れって言ってもらったみたいで本当に嬉しくて、嬉しくて。

一言お礼が言いたくて探したのに結局見つからなかったあの人。

しかし、今……。

ココアの缶を差し出してくれた人と、目の前の鈴木くんの姿が重なって一致した。

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