もっと★愛を欲しがる優しい獣
「ありがとうございました」
タクシーは鈴木くんのマンションの前で私達を降ろすと、降りやまぬ雨の中に消えていった。これから仕事に精を出すのだろう。
「ありがと。助かったわ」
お礼を言って、傘を広げる。傘の内側に張ってある生地の柄は、今は見えない青空模様だ。
「帰るの?」
鈴木くんがそうやって寂しげに言うから、私はまた動揺してしまう。
そして、この目は見てはいけないものを目撃してしまう。
……久しく見ていなかった鈴木くんの獣のように飢えた瞳を。私を惑わす美しい獣の濡れた唇を。
「おいで」
鈴木くんは抗いがたい魅力の持ち主だ。おいでと言われて、拒絶できる人がいるのだろうか。
彼は嵐に乗じて私を攫いにやってきたのだ。
……雨が降っている。
雷の音が遠くで聞こえた。きっと、まだ雨は止まない。
……雨が降っている。だから、今は帰れないの。