晴れた空、花がほころぶように
10 彼の誤解と真実
「かの~ん、メグぅ~」
2日目のテストが終わった昼休み、優希が教室に来た。
「お疲れ~」
声をかけると、開いている前の席に座って、優希は聞いてきた。
「テストようやく終わったね。どうだった?」
「あたしは今回自信ないなあ。花音は?」
「私、今回は頑張ったから、一学期より点数あがってるといいなあ」
「数学も? 花音理系ダメだったじゃん」
「特訓したよ。メチャメチャいっぱい」
彼が教えてくれたのだ。
ヤマをかけていたところは、ほとんど当たっていた。
最後はやけになって手順を丸暗記したけど、今回は手順の意味がわかっていたので、暗記も楽だった。あとは、計算ミスさえしていなければ、そこそこいい点が取れていると思う。
「特訓って、何したのよう。あたしたちにも教えてよ」
「え? たいしたことしてないよ。同じ問題わかるまで解いただけ」
「え~?」
「やっぱ地道にやるしかないってことか」
「そうだよ。解けると面白いってことがわかったよ。数学も」
実際、数学への苦手意識はかなり薄らいだ。
彼の声で説明を聞けば、苦手だった数学も美しい音楽のようだった。
「順位って明日にははりだされる?」
こんなに結果が待ち遠しいのは初めてだ。
週末には、結果を報告したいと思っていた。
「じゃない? いつもそうだし」
「大規模校と違って、人数少ないから先生方も丸付けは楽だろうしね。結果が恐いけど」
「――うちらのトップは天野空良だね」
不意に、優希から彼の名前が出てどきっとした。
「え? 天野? なんで? 頭良かったっけ? 総合でそんな上位だった?」
「中間ならね。期末は全教科入るから落ちるよ。だって、天野って技能教科で点取れないんだもん」
「サボってるから?」
「じゃない? いても寝てること多いし」
「え~。教科担怒んないの?」
「一年の時で懲りてるから、先生方も強く出れないんだよ。まあ、父親と違って、ヤツは黙って睨んでるだけだけどね」
不思議だった。
私の知っている彼と、今優希とメグの話題にあがっている彼が結びつかない。
優希とメグが話しているのは、本当に彼のことなんだろうか。
「ねえ、天野、くんって、ホントに他中生とケンカしてるの? 誰か、見た人いるの?」
「ん? ケンカを実際に見たのって、そう言えば聞いたことないな。ただ、顔の痣は、どう見ても殴られた痕だからね。一年の時、他中生が騒いでるのは見かけたよ。校門のとこで待ち伏せてたじゃん」
「でも、それって、他中生が『天野だせ』って騒いでるだけで、花音が言う通り、実際にケンカしてるとこは誰も見てないな」
メグの言葉に、優希も眉根を寄せる。
顔の傷痕と他中生の待ち伏せがケンカへと繋がったのか。
「噂なだけなんだね。勉強できるんだから、頭のいい人って、ケンカなんてそういう無駄なことしないと思うな」
「確かに、クラスでも乱暴なことしてるの見たことないな。噂だけ? あちゃー、無責任なこと言っちゃった。ごめんね、二人とも。忘れて」
優希が手をあわせる。
「別に、悪口言ったわけじゃないし。いいよ」
「そうそう。噂って恐いよね。私達はそういうの気にしないでおこうよ」
ほっとした。
優希もメグも噂を鵜呑みにしないで聞いてくれた。
二人の、こういうところも大好きだ。
今は秘密だけど、いつか、メグと優希には本当の彼のことを話したいな。
そして金曜日。
朝学校に行くと、中間テストの二十位までの順位が廊下の掲示板にはりだされていた。
驚くことに、私は九位だった。
「ちょっと、花音、すごいじゃん!!」
「花音、やったね!!」
優希とメグが抱きついて喜んでくれる。
今まで、数学が災いして、掲示板に名前がはりだされても真ん中より上になったことはなかった。
メグと優希を追い抜いたこともない。
でも、今回はメグは十一位、優希は十四位で、三人の中では一番良かったことになる。
彼のおかげだ。
彼は一体、何位だったんだろう。
優希とメグが身を乗り出して上位を見る。
「上位は誰かな~」
「一位は、大沢さんだ。二位が松田だ」
「あ、天野が三位じゃん」
私も続いて掲示板の一番右側から順位を追っていく。
うちのクラスの女子が一番か。
二番もうちのクラスの男子。
そして、彼の名前が三番目にあった。
総合点から逆算すれば、五教科の平均は九十点以上になる。
「やっぱり天野って、頭いいんだ」
優希が感心したようにぽつりと呟いた。
「そうだね。すごいね」
私は、心の中で喜ぶことしかできなかった。
それが、ひどくもどかしかった。
早く会いたい。
それだけが、心を占めていた。