全然タイプじゃないし!
花村春人と加藤千秋(旧姓:花村)
小さいころから二歳下の弟の事が心配でならない、姉千秋。現在は結婚して加藤千秋になって、幸せに暮らしている。
離れて暮らしていても、弟の事はいつまでも心配である。
弟もそろそろ27歳。別に結婚がすべてではないから自由に生きればいいと思うけれど、その年まで彼女が一人もいないという現実が、それなりの重さをもって姉の心にのしかかる。
姉から見て弟は、悪くは無いと思うんだけど。
弟は自分と似て、やっぱり派手な顔立ちはしていない。自分も薄めの顔立ちで、細い目はいつも笑っているように見えるらしく「千秋ちゃんて癒される~」というのが概ね彼女を取り巻く人たちの彼女の印象だ。
母に似て目じりが下がっているのがそういう風に見えるのかも、と彼女は思う。弟も目は細い。ところが弟は誰に似たのか吊り目であった。黒目も大きい方じゃないから、ちょっとすると睨んでいるように見えるらしい。
幼稚園の頃はとかく女の子に怖がられて傷ついていた時もあった。だから姉として、弟にアドバイスする。
「お父さんっていつもニコニコしててお友達もいっぱいいるじゃない?だから、春人もニコニコしてるといいんじゃないかなあ」
そう言うと、素直が長所の弟は、姉の助言通りに常にお父さんのように笑顔を心がけるようになった。
そうすると、お友達もどんどん増えて、小学校ではクラスで一番笑顔が似合う人にも選ばれた。女子とも男子とも仲良く暮らしている弟を見て安心したものである。
そうして中学生になると、小柄だった春人の背もどんどん伸びて、高校生になるころには175センチを超えるようになった。少年というよりはいつの間にか青年の顔をした弟に、彼女ができたのかな?と思ったのは彼が高校に入学してすぐだった。
かわいい弟に彼女ができたら、照れ屋な彼を彼女のネタでからかってやろうなんて考えていたのだが、三カ月もしないうちに別れてしまったようだった。
あの弟が、簡単に人を振ったりできないだろうから、きっと振られたんだろうなと心を痛めていたが、本人は特に気に留めていないようだった。もし傷ついているようなら自分ができるだけのアドバイスをして、世の中にはもっと春人に似合う人がいるに違いないよ!と、かつて自分が掛けられた慰めの言葉も用意していた。
ところが、まるで何事も無かったみたいな風だから、彼女ができたと思ったのは勘違いで、単なる仲の良いお友達だったのかな?と思った。
その後千秋も弟の事にかまけている暇は無く、大学へ行ったり就職したりしながら、何人かの恋人ができてそして去って行ったりもしたし、自らさよならした事もあった。
そして現在。タイプか?と言われればそれほどではないんだけど、友達に紹介された加藤洋平の、ひたすら押せ押せの攻撃に根負けし、その明るさと頼もしさと、気が抜けるような単純さにいつの間にか気持ちをすっかり預けるまでになった。そして一生の伴侶として彼と生きることを決めたのだ。最初からクライマックスというほど熱い男加藤洋平は、結婚しても熱さを失わず、もともとこのテンションなのかと驚いたものだけど。
そんな加藤に、春人の事を何気なく話したのは結婚前の事だったろうか。熱い男加藤は、世話焼きでもあった。千秋が心配している弟は時機に自分の弟となる。千秋が心配する弟を、彼も放ってはおけない。
そうしてなんだかんだと弟の面倒を見てくれた加藤によって、弟は見違えるほど男っぽくなった。精悍になったと言えようか。
姉として、ちょっと自慢したくなるくらいだ。
これなら女の子の間でも結構人気が出るんじゃないかしら?千秋はウキウキしながらアップルパイを焼いた秋もあった。
そうして今現在27歳である。
おかしい。
素直な弟は、きっと加藤からアドバイスを受けているはずであるし、それを実行しているはずだ。
素直だからこそ、体だってあんなに男らしくなったじゃないか。
なんでだろうなあ。千秋は久しぶりに帰った実家で洗濯物を干しながら、青い空にため息をついた。
リビングに戻ると、弟は定位置でまたDVDを見ていた。
ボーナスでわざわざ実家に100インチの薄型テレビを購入し、簡単なアンプまで設置したそうだ。「テレビ買ってもらっちゃったわ~」と母はうれしそうだったが、どう見ても春人の為にしか見えない。母が100インチのテレビで何を見ているか想像できない。
「こんな大きなテレビ、実家にいらないでしょう?」
と、春人に文句をつければ
「だって、俺の一人暮らしの部屋じゃこんなでかいテレビ置けないし。いいじゃん」
テレビから目を離さずに言う。
やれやれ。末っ子って本当にわがままよね。
大きな図体でソファにごろ寝しながら、DVDを瞬きするのを忘れる勢いで食い入るように見つめる横顔にため息をついた。
不意に、テーブルにほったらかしてあるスマホが、マナーモードのせいかブーブーいう。
春人はちょっと目を動かしてそれを見るが、またテレビに視線を戻す。
やがて切れたそれが、また再び振動する。それから先は、何度スマホが震えても、春人は視線すら動かさない。
「春人」
「なに?」
「スマホ鳴ってるみたいだけど」
「うん」
「うんって、でなくていいの?会社とかじゃないの?」
「違う。たぶんメール」
そう話している間も、ブーブー言う。
「見ないの?」
「んー。今これ見てるし」
DVDなんだから止めればいいのに、と千秋は思うのだが、ここまでの会話ですら春人は一切こっちを見ない。
さらにブーブー言うスマホ。今度は鳴り止まない。
目をやれば画面に着信表示『野村美愛』……?え?女の子?
やっと春人はリモコンで一時停止操作をし、頭をぐしゃぐしゃとかいて、転がしてあるスマホを手に取ると、いきなり電源を切った。
「え?ちょっと、春人?着信なんじゃないの?」
「うん」
「なんで出ないの?」
「俺、今忙しいし」
は?どこの誰が、DVDをごろ寝しながら鑑賞することを忙しいと表現するだろうか。
「何か用事だったんじゃないの?」
「大丈夫。そのうちかかってこなくなるから」
そう平然と言って、再びDVDの再生ボタンを押した。
千秋は、なぜ春人に彼女ができないのかうっすらわかったような気がした。
これじゃダメだろう。女の子よりDVDを優先するなんてダメに決まってる。
自分の夫との違いに愕然としながら、弟を甘やかし過ぎたのではと、姉は心を痛める羽目になった。
そうして春人は28歳になった。
相変わらず「俺モテなくて~エヘヘ」と言い続けている。エヘヘという年じゃないだろうと、心の中で突っ込んでみたりする。
でも、28歳の春人はなんだか少し違うような気がしていた。
実家で見かける春人は、いつみてもソファでごろ寝しつつ、飽きもせずにDVDをみていた。そしてほったらかしてあるスマホにくるメールをことごとく無視していた。
あまりにひどいので、「返信したら?」と声をかけてみたが「後でやるー」と、またしても画面から目を離さずに言った。
そんな春人が、にこにこしながら返信を打ち込んでいるのだ。
何があったの!!!心で絶叫しながら春人の笑顔を見つめる。相変わらずソファでごろごろしてはいるが、手はスマホを離さない。
もしや変な出会い系にでもハマっているのかと、恐る恐る聞いてみたがLINEで会社の人とやりとりしていると聞き、LINEをやったことない千秋には何のことやらさっぱりだけど、とにかく、会社の人とは仲良くしているようだ。いいのか悪いのかはさておき。
そんなささやかな変化の後、いつものようにコストコへまとめ買いに出かけた日曜日。夫である加藤は、経営者だからかお休みが少ない。なので、せっかくのお休みに買いもので終わらせたくないから、弟をよく買いものに付き合わす。
弟は一人暮らしで買い物が一番面倒だというから、じゃあシェアしてあげるからおいでよというとホイホイとついてきた。
最初は千秋の買ったものから少しづつ分けてもらってきたが、最近は慣れてきたのか、自分で好みのものを選んでくるようにもなった。
「あ!そのチョコレート!」
おいしいと評判のチョコレートを、箱で持ってる弟に驚く。
「春人、チョコそんなに好きだっけ?」
「姉ちゃん、好きならシェアするけど?」
「んーっと、半分はいらないよ。二、三個で」
「了解」
「というか、あと全部あなたが食べるの?」
「まさか。会社の人にあげるんだ」
「そう……。甘党なんだね」
「うん。ってか女の人って疲れている時チョコ食べたいでしょ?」
そう、なんでも無い事のように言うと、カートにそれをごろりと入れた。
……女の人?弟からまさかの発言が飛び出し、千秋は胸がドキドキした。夫でもこれほど胸が高鳴った時は無い。
「えーっと、仲良くしてもらってる人なの?」
「うん、隣の席だから、そういうときにあげようかなって。確かすごくおいしいと聞いたから」
おおおお!!!もしかして、もしかして春人はその人が好きなのでは!!前のめりで聞きまくりたいのだが、弟は昔から追及されるとひらりひらりとかわす癖があった。ここは一つ落ち着こう、自分。
「そうね。春人と隣の席なら営業なんでしょ?それなら気苦労もあるだろうし、チョコレートはいいよね」
「やっぱり、そう思う?この前コンビニで買ったようなチョコでも、夏原さんすごく喜んでくれてたし」
そう、夏原さんというのね……。しかしここは……。
「え?な?なつ……?」
首をかしげて、耳に手を当てて聞いてみる。
「夏原さん、夏原花音さん」
花音ちゃん!!!!!千秋は心で絶叫した。なんてかわいらしい名前なんだろう。
にこにこ笑顔の弟の隣に、小柄でふわふわとした砂糖菓子みたいなかわいらしい女の子を想像しながら並べてみる。いい!!すごくいい!!
「そ、それで、その夏原さんなんだけど」
「姉ちゃん、あっちでローストビーフの試食やってるから行ってくる!」
そう言うと、春人は千秋から離れて、にこにこしながら行列に加わってしまった。
ちっ。柄にもなく舌打ちをしてしまう。もうちょっと聞きたかったが、しばらくはこの話を持ちかけてもはぐらかされるだろう。
だけど、いよいよ春人にも春が来たー!!
ちょっといいお酒でも買って、今日は夫と乾杯したい気分だ。
そうか~。花音ちゃんか。きっとそのLINEとかいうのも花音ちゃんとやりとりしてるのね。
チョコあげたりしながら親交を深めていくなんて、さすが草食系。はっきり言ってじれったいけど、きっと花音ちゃんも恋愛に不慣れで、ドキドキしながら距離を測っているんだろうなあ。
千秋はコストコのカートの取っ手を握りしめながら、草食系の弟、春人の不器用な恋愛模様を妄想した。
草食系の弟が、実際は花音と付き合い始めた当日にすでに花音をおいしくいただいてしまう上に、一年後にはオメデタ婚という、ジェットコースター並みの特急恋愛コースをたどるとは、よもや思いもしなかった姉である。
離れて暮らしていても、弟の事はいつまでも心配である。
弟もそろそろ27歳。別に結婚がすべてではないから自由に生きればいいと思うけれど、その年まで彼女が一人もいないという現実が、それなりの重さをもって姉の心にのしかかる。
姉から見て弟は、悪くは無いと思うんだけど。
弟は自分と似て、やっぱり派手な顔立ちはしていない。自分も薄めの顔立ちで、細い目はいつも笑っているように見えるらしく「千秋ちゃんて癒される~」というのが概ね彼女を取り巻く人たちの彼女の印象だ。
母に似て目じりが下がっているのがそういう風に見えるのかも、と彼女は思う。弟も目は細い。ところが弟は誰に似たのか吊り目であった。黒目も大きい方じゃないから、ちょっとすると睨んでいるように見えるらしい。
幼稚園の頃はとかく女の子に怖がられて傷ついていた時もあった。だから姉として、弟にアドバイスする。
「お父さんっていつもニコニコしててお友達もいっぱいいるじゃない?だから、春人もニコニコしてるといいんじゃないかなあ」
そう言うと、素直が長所の弟は、姉の助言通りに常にお父さんのように笑顔を心がけるようになった。
そうすると、お友達もどんどん増えて、小学校ではクラスで一番笑顔が似合う人にも選ばれた。女子とも男子とも仲良く暮らしている弟を見て安心したものである。
そうして中学生になると、小柄だった春人の背もどんどん伸びて、高校生になるころには175センチを超えるようになった。少年というよりはいつの間にか青年の顔をした弟に、彼女ができたのかな?と思ったのは彼が高校に入学してすぐだった。
かわいい弟に彼女ができたら、照れ屋な彼を彼女のネタでからかってやろうなんて考えていたのだが、三カ月もしないうちに別れてしまったようだった。
あの弟が、簡単に人を振ったりできないだろうから、きっと振られたんだろうなと心を痛めていたが、本人は特に気に留めていないようだった。もし傷ついているようなら自分ができるだけのアドバイスをして、世の中にはもっと春人に似合う人がいるに違いないよ!と、かつて自分が掛けられた慰めの言葉も用意していた。
ところが、まるで何事も無かったみたいな風だから、彼女ができたと思ったのは勘違いで、単なる仲の良いお友達だったのかな?と思った。
その後千秋も弟の事にかまけている暇は無く、大学へ行ったり就職したりしながら、何人かの恋人ができてそして去って行ったりもしたし、自らさよならした事もあった。
そして現在。タイプか?と言われればそれほどではないんだけど、友達に紹介された加藤洋平の、ひたすら押せ押せの攻撃に根負けし、その明るさと頼もしさと、気が抜けるような単純さにいつの間にか気持ちをすっかり預けるまでになった。そして一生の伴侶として彼と生きることを決めたのだ。最初からクライマックスというほど熱い男加藤洋平は、結婚しても熱さを失わず、もともとこのテンションなのかと驚いたものだけど。
そんな加藤に、春人の事を何気なく話したのは結婚前の事だったろうか。熱い男加藤は、世話焼きでもあった。千秋が心配している弟は時機に自分の弟となる。千秋が心配する弟を、彼も放ってはおけない。
そうしてなんだかんだと弟の面倒を見てくれた加藤によって、弟は見違えるほど男っぽくなった。精悍になったと言えようか。
姉として、ちょっと自慢したくなるくらいだ。
これなら女の子の間でも結構人気が出るんじゃないかしら?千秋はウキウキしながらアップルパイを焼いた秋もあった。
そうして今現在27歳である。
おかしい。
素直な弟は、きっと加藤からアドバイスを受けているはずであるし、それを実行しているはずだ。
素直だからこそ、体だってあんなに男らしくなったじゃないか。
なんでだろうなあ。千秋は久しぶりに帰った実家で洗濯物を干しながら、青い空にため息をついた。
リビングに戻ると、弟は定位置でまたDVDを見ていた。
ボーナスでわざわざ実家に100インチの薄型テレビを購入し、簡単なアンプまで設置したそうだ。「テレビ買ってもらっちゃったわ~」と母はうれしそうだったが、どう見ても春人の為にしか見えない。母が100インチのテレビで何を見ているか想像できない。
「こんな大きなテレビ、実家にいらないでしょう?」
と、春人に文句をつければ
「だって、俺の一人暮らしの部屋じゃこんなでかいテレビ置けないし。いいじゃん」
テレビから目を離さずに言う。
やれやれ。末っ子って本当にわがままよね。
大きな図体でソファにごろ寝しながら、DVDを瞬きするのを忘れる勢いで食い入るように見つめる横顔にため息をついた。
不意に、テーブルにほったらかしてあるスマホが、マナーモードのせいかブーブーいう。
春人はちょっと目を動かしてそれを見るが、またテレビに視線を戻す。
やがて切れたそれが、また再び振動する。それから先は、何度スマホが震えても、春人は視線すら動かさない。
「春人」
「なに?」
「スマホ鳴ってるみたいだけど」
「うん」
「うんって、でなくていいの?会社とかじゃないの?」
「違う。たぶんメール」
そう話している間も、ブーブー言う。
「見ないの?」
「んー。今これ見てるし」
DVDなんだから止めればいいのに、と千秋は思うのだが、ここまでの会話ですら春人は一切こっちを見ない。
さらにブーブー言うスマホ。今度は鳴り止まない。
目をやれば画面に着信表示『野村美愛』……?え?女の子?
やっと春人はリモコンで一時停止操作をし、頭をぐしゃぐしゃとかいて、転がしてあるスマホを手に取ると、いきなり電源を切った。
「え?ちょっと、春人?着信なんじゃないの?」
「うん」
「なんで出ないの?」
「俺、今忙しいし」
は?どこの誰が、DVDをごろ寝しながら鑑賞することを忙しいと表現するだろうか。
「何か用事だったんじゃないの?」
「大丈夫。そのうちかかってこなくなるから」
そう平然と言って、再びDVDの再生ボタンを押した。
千秋は、なぜ春人に彼女ができないのかうっすらわかったような気がした。
これじゃダメだろう。女の子よりDVDを優先するなんてダメに決まってる。
自分の夫との違いに愕然としながら、弟を甘やかし過ぎたのではと、姉は心を痛める羽目になった。
そうして春人は28歳になった。
相変わらず「俺モテなくて~エヘヘ」と言い続けている。エヘヘという年じゃないだろうと、心の中で突っ込んでみたりする。
でも、28歳の春人はなんだか少し違うような気がしていた。
実家で見かける春人は、いつみてもソファでごろ寝しつつ、飽きもせずにDVDをみていた。そしてほったらかしてあるスマホにくるメールをことごとく無視していた。
あまりにひどいので、「返信したら?」と声をかけてみたが「後でやるー」と、またしても画面から目を離さずに言った。
そんな春人が、にこにこしながら返信を打ち込んでいるのだ。
何があったの!!!心で絶叫しながら春人の笑顔を見つめる。相変わらずソファでごろごろしてはいるが、手はスマホを離さない。
もしや変な出会い系にでもハマっているのかと、恐る恐る聞いてみたがLINEで会社の人とやりとりしていると聞き、LINEをやったことない千秋には何のことやらさっぱりだけど、とにかく、会社の人とは仲良くしているようだ。いいのか悪いのかはさておき。
そんなささやかな変化の後、いつものようにコストコへまとめ買いに出かけた日曜日。夫である加藤は、経営者だからかお休みが少ない。なので、せっかくのお休みに買いもので終わらせたくないから、弟をよく買いものに付き合わす。
弟は一人暮らしで買い物が一番面倒だというから、じゃあシェアしてあげるからおいでよというとホイホイとついてきた。
最初は千秋の買ったものから少しづつ分けてもらってきたが、最近は慣れてきたのか、自分で好みのものを選んでくるようにもなった。
「あ!そのチョコレート!」
おいしいと評判のチョコレートを、箱で持ってる弟に驚く。
「春人、チョコそんなに好きだっけ?」
「姉ちゃん、好きならシェアするけど?」
「んーっと、半分はいらないよ。二、三個で」
「了解」
「というか、あと全部あなたが食べるの?」
「まさか。会社の人にあげるんだ」
「そう……。甘党なんだね」
「うん。ってか女の人って疲れている時チョコ食べたいでしょ?」
そう、なんでも無い事のように言うと、カートにそれをごろりと入れた。
……女の人?弟からまさかの発言が飛び出し、千秋は胸がドキドキした。夫でもこれほど胸が高鳴った時は無い。
「えーっと、仲良くしてもらってる人なの?」
「うん、隣の席だから、そういうときにあげようかなって。確かすごくおいしいと聞いたから」
おおおお!!!もしかして、もしかして春人はその人が好きなのでは!!前のめりで聞きまくりたいのだが、弟は昔から追及されるとひらりひらりとかわす癖があった。ここは一つ落ち着こう、自分。
「そうね。春人と隣の席なら営業なんでしょ?それなら気苦労もあるだろうし、チョコレートはいいよね」
「やっぱり、そう思う?この前コンビニで買ったようなチョコでも、夏原さんすごく喜んでくれてたし」
そう、夏原さんというのね……。しかしここは……。
「え?な?なつ……?」
首をかしげて、耳に手を当てて聞いてみる。
「夏原さん、夏原花音さん」
花音ちゃん!!!!!千秋は心で絶叫した。なんてかわいらしい名前なんだろう。
にこにこ笑顔の弟の隣に、小柄でふわふわとした砂糖菓子みたいなかわいらしい女の子を想像しながら並べてみる。いい!!すごくいい!!
「そ、それで、その夏原さんなんだけど」
「姉ちゃん、あっちでローストビーフの試食やってるから行ってくる!」
そう言うと、春人は千秋から離れて、にこにこしながら行列に加わってしまった。
ちっ。柄にもなく舌打ちをしてしまう。もうちょっと聞きたかったが、しばらくはこの話を持ちかけてもはぐらかされるだろう。
だけど、いよいよ春人にも春が来たー!!
ちょっといいお酒でも買って、今日は夫と乾杯したい気分だ。
そうか~。花音ちゃんか。きっとそのLINEとかいうのも花音ちゃんとやりとりしてるのね。
チョコあげたりしながら親交を深めていくなんて、さすが草食系。はっきり言ってじれったいけど、きっと花音ちゃんも恋愛に不慣れで、ドキドキしながら距離を測っているんだろうなあ。
千秋はコストコのカートの取っ手を握りしめながら、草食系の弟、春人の不器用な恋愛模様を妄想した。
草食系の弟が、実際は花音と付き合い始めた当日にすでに花音をおいしくいただいてしまう上に、一年後にはオメデタ婚という、ジェットコースター並みの特急恋愛コースをたどるとは、よもや思いもしなかった姉である。