全然タイプじゃないし!
花村春人の仕留め方
 花村春人の仕留め方。いくつかのツボを知っていれば、これは案外簡単なことなのだ。



 まず第一に、花村春人は面倒を嫌う男である。

 ちまちまとメールで連絡を取り合ったり、気持ちの距離を測ったり、いうなれば恋愛の面白さはそこにあるのに!ということに一つも面白さを見いだせないタイプだ。

 だから花村と付き合いたければ直球で行くしかない。
 15歳の卒業式の日に「付き合ってください!」と言った同級生みたいに。 

 すると間違いなく彼は言うだろう「うん、いいよ」。
 その後の付き合いを持続できるかどうかはさておき、最初の関門は突破できる。

 だから、もし、数だけこなしてきた合コンの中で、誰かが即日「付き合って」と言えば、そのままするっと付き合うことができたかもしれなかった。

 合コンがはけてから、なんやかやとメールを送っても、彼の中で面倒くさいにカテゴライズされれば、どんなに押しても引いても扉は開かないのである。



 そして、花村は満足感のハードルが低い。

 ちょっとしたことでいろいろ充足してしまう。

 彼女がいないからと言って女の子に興味が無いわけじゃなく、たとえば電車で隣り合わせた子が好みだったりすると「かわいい子と隣になっちゃったな」というだけで満足する。

 合コンでも、女の子たちがきゃっきゃとおしゃべりを弾ませているのを「かわいいなあ」と楽しい気持ちになる。
 連絡先を聞いたときに見せる、ちょっと照れた感じも、かわいいなあと思うし、はっきりそれを相手に伝える事にも戸惑わない。女の子は「かわいい」というと、ますますかわいくなるからだ。

 だから、たとえ13年彼女がいなくても、というかむしろその三カ月の付き合いはカウントするべきなのか?というくらいなものであったとしても、本人は特に不足を感じていなかった。

そころが最近周りから「13年も彼女いないとかヤバい」と言われ出して初めて、お友達の石井君に問うたのだ。

 「彼女がいるって何が一番楽しいの?」

 すると彼は、少し言いづらそうに、顔を赤らめながら

 「えーっと、まあ、あれだよ、あれこれ……」

 と言葉を濁した。石井は案外下ネタが苦手だったのだ。それでなんとなく花村にも察せられた。
 ふーんと思う。でもそのためには、石井のいう様に「竿を引いたり、餌を変えたり、たまには糸を緩めたり、いろいろな工夫」をしなくてはいけないそうだ。

 うーん、面倒くさい。

 そんなに面倒な事をしてまでも、やりたいものだろうか。

 付き合いが始まるとそればかりではなく、頻繁なメール交換や休日の外出や約束の取付けなんかも待っている。
 知らずに、はあっとため息をついた。

 「なんだよ。お前って本当に面倒くさがりだよな」

 花村の心中を察したかのように、石井が言う。

 「彼女がいるとな、飲みに行ってもおいしいビールがさらにおいしく、家でDVD見てたって、ひとりよりはずっと楽しいぞ!内容の話なんかして盛り上がるし!仕事で疲れた時も、メールとかLINEとか電話とか、とにかく一言でも交わせれば疲れとか吹き飛ぶから!」

 石井が顔をほころばせながら力説する。

 そう言うのは間に合ってるなあと花村は思う。
 夏原さんと飲むビールは、一人で飲むよりおいしかった。DVDの話も夏原さんとはすごく盛り上がる。夏原さんが外回りの帰りに買ってきてくれるシュークリームを、二人で食べるのは楽しいし。
 会社で夏原さんとくだらないことを話したり、夏原さんのマッチョに対する熱い思いを聞いたりするのが、ここ最近の花村が一番満足するひと時だった。

 なんでわざわざ彼女なんか作らなくちゃいけないんだろうか。

 「ふーん」
 「お前!!いい加減にしないと、草食系どころか草になるぞ!」

 草になるってひどい。

 そうは言ってもねえ。先週合コンで出会った子たちを思い出そうとしても、もうすでに顔すら覚えていなかった。あの場で話している時はかわいいなあとは思うんだけどな。




 そして第二に、花村は目標を設定されるのが好きだ。
 仕事でもなんでも「今期の売上!」でも「合コンに行ったら必ず連絡先を交換して来い!」でもBMIでもなんでもいい。クリアしなくちゃいけないと思うと、達成せねばいられないタイプなのだ。

 そしてその目標を達成しようと頑張っている時が特に楽しいと思っている。合コンでも女の子の連絡先を聞くという使命に燃えているわけで、かなり積極的な感じを受けるだろう。その上、女の子がかわいく見える瞬間を楽しむために、結構うまいこと言ったりする。

 だけど、目標を達成してしまえば、もうそれで十分なのだ。

 最近では、「あの会社の営業部花村春人はどS」という噂が広がってしまい、花村はなかなか合コンにあり付けなくなった。
 一部の女子にはそれなりの需要はあったのだけど。

 だから、もし目標をその先、例えば合コン終了後メールは何回デートは何回達成せよ!という指令があったら花村はクリアしたろうけど、誰もその先を指示しなかった。
 当然である。それぐらい自分でやるべきだし、まさかそんなところでつまずくなんて誰も思いもしなかったのだ。



 対して夏原花音。戦闘民族と呼ばれる彼女は、理想のマッチョにたどり着く為に日夜努力を惜しまない。

 そんな夏原の武勇伝を聞くのが、花村の楽しみでもあった。

 今日はどんな話をするのかなあと想像するだけで楽しかった。電車で隣り合うかわいい子よりも、合コンではにかむ女の子よりも、夏原と話すことが一番満たされた気持ちになった。

 夏原の好みはずっとぶれない。少なからずこの5年、彼女はずっと野生のマッチョを狩り続けている。

 雑談にも細かくマッチョの話題が混じる。どれだけマッチョに魅せられているか、5年でよくわかった。

 すごいよなあ、とつくづく思う。最近はどうも狩りが振るわないみたいだけど。

 花村は風呂上りに何気なく自分の上半身を鏡で見る。いい体だねー!と最近よく言われるし、姉の旦那も手放しでほめるから、身内贔屓を差し引いても、それなりなんだと思う。
 だけど、マッチョ好きの夏原さんの目には映らないらしい。

 きっと全然タイプじゃないんだろうなあ。

 夏原さんが追い求めるガタイのいい男っていうのはどんなのを指すのだろう。
 隣でせっせとパソコンを打ちながら「くそ!野生のマッチョめ!待っていろ!」と呟くのを眺めながら、そんなことを思った。

 花村春人の仕留め方。結局それを、もっとも効率的かつ命中率の高い攻撃で成功させたのは、夏原花音だった。

 彼女の狩りの経験と、野生の本能があるいはこれを導いたのかもしれない。

 ビールをさんざん飲み、くだらなくも楽しい会話を堪能し、そして最後に彼女は言った。


 「私と付き合って」と。


 だから。

 「うん。いいよ」

 そして、花村はこの5年を振り返る。そっか、夏原さんが彼女になればいいんじゃん。
 そう、その気持ちを多分こう呼ぶのだ。
 「俺も夏原さん好きだし」




 花音が妊娠してから、事務の小林千沙が自分に向ける視線がきついよなあと花村は思う。空気読めないと言われる自分だから、もしかして何か余計なことを言っただろうか。

 妊婦の花音を思いやって、会社の飲み会を花村もすべて断っていたのだが、たまには行って来いと花音に言われて出席した下半期お疲れ様会でも、どうも小林千沙に睨まれている気がしてならない。

 そこで、ジョッキに残ったビールをぐいっと一息で飲むと、花村は思い切って千沙に尋ねた。

 「あの、小林さん、俺なんかしましたか?」
 「なんで?」
 「えーっとなんかちょっと睨まれているようなそんな気が……」
 「本当はどうなのかなあと思って」
 「本当は?って?」
 「なんか、花村君から策士の匂いがするのよね。だから、その、人のよさそうなへらへらしたところじゃないものが、いつか顔を出すんじゃないかなあって」

 そう言うと、ばっちり決まったアイメイクがバチバチと音を立てたような気がした。
 千沙から見れば、すごく簡単に花音が捕まってしまったように見えて仕方が無かった。その上、妊娠初期から夏原改め花村花音を、仕事が終わると花村がさらうように家に連れ帰ってしまうので、ここずっと千沙は花音とお茶もできない。
 せっかくつわりも収まったし、赤ん坊が生まれたら生まれたでのんきにお茶などしてられないだろうから、今やらずにいつやるの!と不満がたまっている。

 「何々?何のお話~?」

 そう言ってふらふらとテーブルにやってきたのは、素面の常連主任。

 「花村君が、草食系を装っているだけで、本当はすごい腹黒策士じゃないかって思っているんです!」

 千沙が言うと、主任は大笑いしながら花村の肩をたたいた。

 「まっさか~!この花村君だよ?いたいけな草食系ががっつり戦闘民族に狩られたわけよ!あの夏原を逆に狩る事など!!素人ハンターには無理な話だよ!」

 そしてまたあははははは!と軽快に笑う。

 「そーですよ。俺13年も彼女いなかったのに、策士とかって無理でしょ?恋愛スキルゼロだし」
 「だよなー!!そうそう!スキルゼロ!!ワードもできませんよ!」
 「ワードはできますよ」
 「知ってる!知ってる!俺上司だから!」

 そんな天然酩酊テンションを横目に、千沙はやっぱりなんとなくどうしても、花村という男がただの草食系には思えなかった。

 「うううう!!なんか騙されてるような気がする!!」
 「あ、小林さん、次何飲みます?」

 そうしてメニューを手渡される。

 「この芋焼酎、ここでしか飲めないそうですよ」

 そんな甘言にそそのかされて、千沙はいつの間にか大好きな芋焼酎の事を主任と語り明かす羽目になった。
 はっと気づいたときには飲み会はシメに入り、いつの間にか長身の隠れマッチョは人ごみに消えていた。



 なんとなくこみあげてくる悔しさにリベンジを誓う千沙は、次の出勤日の終業後すぐ、帰り支度の二人を捕まえて、答えにくそうなことをちょっと聞いていじわるしてやる!と日頃の鬱憤を花村にぶつけた。

 「ところでさ、花村君はいつから花音ちゃんが好きだったわけ?」
 「んー。5年前かな」

 ところが、へらへらといつものように笑顔を浮かべながら、躊躇なく花村が言った。
 どさっとカバンを落とす花音。

 「大丈夫?」

 急いで足元のそれを拾い上げると、花村は埃を払った。

 「そ、そんなことないでしょ」

 花音がうろたえながらそう言った。

 「えー?だって俺、花音に会社で会うの楽しみにしてたよ。花音がいてくれるだけでうれしかったし」

 小首を傾げれば、花音は一気に首まで赤くなった。

 「あの、どした?」

 花村が問えば

 「そ、そんなこと誰にも言われたことないよー!!やめてよもー!!」

 そうして両手で真っ赤な自分の頬を挟んだ。

 「花音にとって、俺が初めてなことがあるんだね」

 そう言って、花村はへらりと笑った。

 「春人……」
 花音は、花村の大きな手を両手で包み込むと、じっと彼の目を見つめる。

 「でもでも!結婚するのは春人だけだから」
 「うん。うれしい」


 ハラましたのが花村だけだったんだろうが!!目の前で展開する花王愛の劇場に、そんなツッコミを心の中で入れた千沙がさっさと退散したのも気付かずに、しばらく二人の世界を展開しつづける、花花コンビであった。


 こうして野獣は、猛獣使いの元で幸せに暮らしましたとさ。おしまい。

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