全然タイプじゃないし!
3
アパートの反対から伸びる夕陽で花村が逆光になる。秋の夕暮れは、ひどく景色を綺麗に映す。
「夏原さんさ」
おもむろに花村が口を開いた。
「は、はははははい、なんすか?」
つい、かんでしまった。なんなの私、動揺しすぎる!そんなカミカミの私の事はさくっとスルーすると、花村はこう言った。
「三週間前に、トランスポーター三巻セットで貸してくれるって言ったよね?」
…………は。
「今度持ってくるって言ったきり、いつまでも持ってきてくれないし、あんまり催促するの悪いから、今貸してくれる?俺明日の日曜日に一気に見たいから」
……………。
「ここで待ってるから、よろしく!」
そうして花村はへにゃりと笑った。
「は、はあ」
気の抜けた返事をした。花村がわくわくしながら目で催促してくるので、私は急いでアパートの階段を上り、言われるまま自分の部屋からトランスポーター全三巻をアフタヌーンティーの紙袋に入れて、アパートの階下へ戻った。
「はい、これ……」
手渡せば、中を覗いて花村が歓声を上げる。
「ありがとう!!見終わったらすぐ返すから!」
「いや……別に、いつでもいいし」
「夏原さんが、トランスポーターすっごい面白いって言ってから、もう一回通して見たくて仕方が無かったんだよね!ほんとありがとう!」
「そう」
へらへら度が普段の三倍くらいあるような笑顔で、花村は言う。
「さて、じゃあ、夏原さん。お疲れ様!また月曜日!」
そう言って、花村が背を向ける。
「え?ちょっと、駅の場所とかわかるの?」
「うん、さっきねグーグルで調べたら、ここからうちまで15キロくらいだったから、走って帰ろうと思って」
「走って??」
「うん。15キロってちょうどいい距離だし」
そして花村は、じゃあ!と手を振ると本当に走っていった。
ただ一人、夕陽が消えゆこうとするアパートの前に取り残される。
なんだろ、すごい疲れたんだけど。
日曜はなんか魂抜けちゃって、取り戻すのが大変だった。掃除やら洗濯やらをしても、脳みそだけどっかにワープしている状態。
商店街の魚屋のおやじも、「今日は何だか借りてきた猫みたいにおとなしいなあ。槍でも降るんじゃねえのか?」といつもの軽口をたたくのに、どうにも頭が回らずに、へらりと笑うにとどまって変に心配され、マグロの中落ちをサービスしてくれた。
どうしたのか私は。
久々に目の前でレベルの高いマッチョを見たから、脳がショートしてしまったのだろうか……。
マグロの中落ちでも食べながら、花村お勧めのジョニデでもみようかな。そう思って、さっそく「フロム・ヘル」を見た。
全然萌えない。何このじめじめした話は。何このなよなよした感じは。
口直しにトランスポーターを見たかったのに、お留守である。
はあ。いや別に人に貸すのが嫌というわけじゃないんだけど。最近はトランスポーターだけが私の心の癒しだったからな……。と、私は脳内にジェイソン・ステイサムを思い描こうとする。
だというのに、なぜか花村の半裸が脳裏に浮かんで私は頭を振る。
どうした!私!リアルな世界のマッチョなんて、見慣れたもんじゃないか。それがなぜこうも花村だと気になるのか!自分に腹立てながら、というか自分の何に腹が立つのかもよくわからないまま、冷蔵庫からビールを取出してプルトップを引く。シュワシュワという音とともに、ここから一気にビールが飛び出し、そして半裸になった花村がまた思い出された。くっそう!!どうしてこんなに私の生活へ浸食しようとするんだ、花村!
ビールをさらにあおって、深呼吸を一つ。
それからなんとなくスマホを手に取りLINEをずらずら眺める。昨日の夕方から千沙も主任も無言であるのが気になる。なぜだ。
そして時刻が21時に差し掛かった時、花村が「昨日はお疲れ様でした!夏原さん、ありがとね。またよろしく~」と突然登場した。え、普段LINEなんかほとんどやってないのにどうした事か。
すると、まるで息をひそめていたかのようにバタバタと主任と千沙が「お疲れお疲れ!!」
「ねえほんとお疲れ!!」「お疲れ!!」とか意味もなく連呼していて頭痛くなってきた……。
バーベキュー帰りのあの状況、二人がおいしい方向へめっちゃ誤解してるにちがいない……。
「無理しなくていいから無理しなくていいから!」「ほんと全然無理しないで!」と流れていく文字を眺めながら、心底脱力した。
明けて月曜日。
爽やかな秋晴れが続いている。ここしばらくは雨も、秋恒例の台風も来ないようだ。そんな平和な日々だというのに。私はがくりと肩を落としながらパソコン画面を起動させる。
資料を並べて吟味し、自分で書いた報告書をチェック。慣れた仕事をどんどん進めていると、じわじわと主任と千秋が寄ってきた。そして、話しかけてほしそうに視界の端っこをうろうろする。たまりかねて私は言う。
「なんですかね、主任」
そうすると、待ってました!のごとく主任が飛び出す。
「いえ!別に!いえ!何でも?」
ことごとく高いテンションで、千沙ときゃっきゃしている。
「花音ちゃん。あとでいろいろ聞かせてね~」
弾んだきゃっきゃからの、含み笑いという千沙が自分のデスクに戻っていく。
そうこうしているうちに隣のデスクに見慣れた手が置かれた。
「おはよう、夏原さん」
「ああ、お、おはよう」
「DVDありがとね、すっごい楽しかったよ」
「そ、そうだね……」
「どしたの?何かテンション低すぎない?」
「はは……別に何でもないよ、何でも」
「そう?」
そして私たちは仕事を開始する。痛いほどの視線が主任と千沙から飛んでくるけど、受けて立つ元気もないよ……。
いつものように花村の手が視界に入る。だけど、どうにも手だけでは満足できない自分を発見し、激しく動揺した。
今は見えない、スーツの中身が気になって仕方がない。どうしたんだ、どうしたんだ私!
ふっと視界に入る背中に、私はバーベキューで見た半裸を思い出してしまう。
うおおおお!いつから私の目には透視能力がついてしまったのか!
「夏原さん、大丈夫?もしかして、トランスポーターが家にないから、精神不安定なの?」
不安げに花村が隣から小声で言ってくる。なんだそれ、私がマッチョ中毒になっているとでもいうのか。なるべく平静を装って私は答えた。
「だ、大丈夫。平気平気」
全然平気っぽくねー!!
それから物は落とすは、忘れるわ聞き逃すわで、確かに心配されるレベル。あああ、と思いながら机にこぼしたお茶を拭いている時だった。
事務の千沙に書類を頼んでいたような花村がこっちを見た。目が合うと、突然こちらに呼びかける。
「夏原さん!」
「は、え?なんですか?」
なんだろう、書類にミスでもあったのか?
「今日、仕事の後暇?」
「え、特に予定ないけど」
「じゃあ、今日夜に夏原さんち行くから」
そう言ってにこりと笑った。
は?え?なに言っちゃってんのこいつ。しかもこの距離で話す事じゃなくね?案の定、それが耳に入ったフロアの人々が、黙って私と花村を交互に見ている。
一同の視線を一身に浴びているのに、そんなことに気付きもしない花村は、へらへらしながらデスクに戻ってくると、耳打ちするほど小声で言う。
「夏原さん、トランスポーター見れないから禁断症状でしょ?今日返すからさ」と言った。
違うううう!そこは小声にしなくてもいい!お前が小声にしなければならなかったのは、今晩うちに来るって方だ!!
そして言わずもがな。昼休みには「さすが戦闘民族!花村がいよいよ狩られた!」という噂が盛大に広まっていたのである。つらい。
一連のことを千沙に話すと、涙を流しながら笑い転げる。
「他人事だから笑ってるけどさ!」
そう言って膨れると、涙を浮かべた顔のまま「ごめんごめん」と謝る、千沙。
昼間は暑さの残る10月は、まだまだアイスコーヒーがおいしい。ランチは会社から少し離れたカフェに千沙を誘って、思う存分話す。合間にストローで一気に吸い取りながら、噂もこうやってい一気に吸い取れたらいいのになと思う。
「いやあ、でもさ、こうなったら付き合っちゃいなよ」
「ええーー?」
「だってさ、花音ちゃんのどストライクのマッチョなんてそうはいないじゃん」
「そうだけど、でも花村なわけよ」
「花村君、別に悪くないじゃん。どうしたのよ、花音ちゃんなら、ズバッと決めそうなのに」
「んー、ズバッとね……」
「そうそう!ほら!深夜の国道走ってたら、横一列に暴走族が走って邪魔だったからって、めっちゃエンジンふかして蹴散らして中央突破した事とかあったじゃん!その気概はどこ行った!!」
「あー……私も若かったんだね……、ってそれとこれ全然違うよね?」
「じゃあ、逆に花村君のどこがダメなの?」
「しいて言えば」
「しいて言えば?」
「花村であることかな」
「なんじゃそれ!」
あーあ。花村が花村じゃなかったらなあ。
「つまりさ、花音ちゃんは、ずっと眼中になかった花村君がどストライクだということを認められなって言うだけなんじゃない?」
「へ?」
「結局、これは、花音ちゃんのプライドの問題になっちゃうような気がするけど」
「そうなのかなあ」
「気高き戦闘民族だからね~」
「なんじゃそれ、はこっちのセリフだよ」
こうして和やかなランチを終え、「まあ、いろいろしっかり考えなよ。変なところに捕らわれずに」と、千沙が私に巻きつく。
「花音ちゃん、いつものように難しく考えないで、花村をゲットすればいいんだからね」
と、なんかエールもらった。千沙の中では私は花村の13年ぶりの彼女に決定しているようだ……。
終業時刻になり、明日の準備も報告書の用意も済んで、さて帰ろうと席を立つ。あちこちに「お疲れ様」と声をかけ、私は営業部を後にしようとした時だった。
「あ、夏原さん、一緒に帰ってうちに寄ってもらったほうがいいかも。会社からだとうちの方が近いし」
という爆弾を、またしても放ちやがったため、営業部内の視線を一気に浴びることとなった……。
「夏原さんさ」
おもむろに花村が口を開いた。
「は、はははははい、なんすか?」
つい、かんでしまった。なんなの私、動揺しすぎる!そんなカミカミの私の事はさくっとスルーすると、花村はこう言った。
「三週間前に、トランスポーター三巻セットで貸してくれるって言ったよね?」
…………は。
「今度持ってくるって言ったきり、いつまでも持ってきてくれないし、あんまり催促するの悪いから、今貸してくれる?俺明日の日曜日に一気に見たいから」
……………。
「ここで待ってるから、よろしく!」
そうして花村はへにゃりと笑った。
「は、はあ」
気の抜けた返事をした。花村がわくわくしながら目で催促してくるので、私は急いでアパートの階段を上り、言われるまま自分の部屋からトランスポーター全三巻をアフタヌーンティーの紙袋に入れて、アパートの階下へ戻った。
「はい、これ……」
手渡せば、中を覗いて花村が歓声を上げる。
「ありがとう!!見終わったらすぐ返すから!」
「いや……別に、いつでもいいし」
「夏原さんが、トランスポーターすっごい面白いって言ってから、もう一回通して見たくて仕方が無かったんだよね!ほんとありがとう!」
「そう」
へらへら度が普段の三倍くらいあるような笑顔で、花村は言う。
「さて、じゃあ、夏原さん。お疲れ様!また月曜日!」
そう言って、花村が背を向ける。
「え?ちょっと、駅の場所とかわかるの?」
「うん、さっきねグーグルで調べたら、ここからうちまで15キロくらいだったから、走って帰ろうと思って」
「走って??」
「うん。15キロってちょうどいい距離だし」
そして花村は、じゃあ!と手を振ると本当に走っていった。
ただ一人、夕陽が消えゆこうとするアパートの前に取り残される。
なんだろ、すごい疲れたんだけど。
日曜はなんか魂抜けちゃって、取り戻すのが大変だった。掃除やら洗濯やらをしても、脳みそだけどっかにワープしている状態。
商店街の魚屋のおやじも、「今日は何だか借りてきた猫みたいにおとなしいなあ。槍でも降るんじゃねえのか?」といつもの軽口をたたくのに、どうにも頭が回らずに、へらりと笑うにとどまって変に心配され、マグロの中落ちをサービスしてくれた。
どうしたのか私は。
久々に目の前でレベルの高いマッチョを見たから、脳がショートしてしまったのだろうか……。
マグロの中落ちでも食べながら、花村お勧めのジョニデでもみようかな。そう思って、さっそく「フロム・ヘル」を見た。
全然萌えない。何このじめじめした話は。何このなよなよした感じは。
口直しにトランスポーターを見たかったのに、お留守である。
はあ。いや別に人に貸すのが嫌というわけじゃないんだけど。最近はトランスポーターだけが私の心の癒しだったからな……。と、私は脳内にジェイソン・ステイサムを思い描こうとする。
だというのに、なぜか花村の半裸が脳裏に浮かんで私は頭を振る。
どうした!私!リアルな世界のマッチョなんて、見慣れたもんじゃないか。それがなぜこうも花村だと気になるのか!自分に腹立てながら、というか自分の何に腹が立つのかもよくわからないまま、冷蔵庫からビールを取出してプルトップを引く。シュワシュワという音とともに、ここから一気にビールが飛び出し、そして半裸になった花村がまた思い出された。くっそう!!どうしてこんなに私の生活へ浸食しようとするんだ、花村!
ビールをさらにあおって、深呼吸を一つ。
それからなんとなくスマホを手に取りLINEをずらずら眺める。昨日の夕方から千沙も主任も無言であるのが気になる。なぜだ。
そして時刻が21時に差し掛かった時、花村が「昨日はお疲れ様でした!夏原さん、ありがとね。またよろしく~」と突然登場した。え、普段LINEなんかほとんどやってないのにどうした事か。
すると、まるで息をひそめていたかのようにバタバタと主任と千沙が「お疲れお疲れ!!」
「ねえほんとお疲れ!!」「お疲れ!!」とか意味もなく連呼していて頭痛くなってきた……。
バーベキュー帰りのあの状況、二人がおいしい方向へめっちゃ誤解してるにちがいない……。
「無理しなくていいから無理しなくていいから!」「ほんと全然無理しないで!」と流れていく文字を眺めながら、心底脱力した。
明けて月曜日。
爽やかな秋晴れが続いている。ここしばらくは雨も、秋恒例の台風も来ないようだ。そんな平和な日々だというのに。私はがくりと肩を落としながらパソコン画面を起動させる。
資料を並べて吟味し、自分で書いた報告書をチェック。慣れた仕事をどんどん進めていると、じわじわと主任と千秋が寄ってきた。そして、話しかけてほしそうに視界の端っこをうろうろする。たまりかねて私は言う。
「なんですかね、主任」
そうすると、待ってました!のごとく主任が飛び出す。
「いえ!別に!いえ!何でも?」
ことごとく高いテンションで、千沙ときゃっきゃしている。
「花音ちゃん。あとでいろいろ聞かせてね~」
弾んだきゃっきゃからの、含み笑いという千沙が自分のデスクに戻っていく。
そうこうしているうちに隣のデスクに見慣れた手が置かれた。
「おはよう、夏原さん」
「ああ、お、おはよう」
「DVDありがとね、すっごい楽しかったよ」
「そ、そうだね……」
「どしたの?何かテンション低すぎない?」
「はは……別に何でもないよ、何でも」
「そう?」
そして私たちは仕事を開始する。痛いほどの視線が主任と千沙から飛んでくるけど、受けて立つ元気もないよ……。
いつものように花村の手が視界に入る。だけど、どうにも手だけでは満足できない自分を発見し、激しく動揺した。
今は見えない、スーツの中身が気になって仕方がない。どうしたんだ、どうしたんだ私!
ふっと視界に入る背中に、私はバーベキューで見た半裸を思い出してしまう。
うおおおお!いつから私の目には透視能力がついてしまったのか!
「夏原さん、大丈夫?もしかして、トランスポーターが家にないから、精神不安定なの?」
不安げに花村が隣から小声で言ってくる。なんだそれ、私がマッチョ中毒になっているとでもいうのか。なるべく平静を装って私は答えた。
「だ、大丈夫。平気平気」
全然平気っぽくねー!!
それから物は落とすは、忘れるわ聞き逃すわで、確かに心配されるレベル。あああ、と思いながら机にこぼしたお茶を拭いている時だった。
事務の千沙に書類を頼んでいたような花村がこっちを見た。目が合うと、突然こちらに呼びかける。
「夏原さん!」
「は、え?なんですか?」
なんだろう、書類にミスでもあったのか?
「今日、仕事の後暇?」
「え、特に予定ないけど」
「じゃあ、今日夜に夏原さんち行くから」
そう言ってにこりと笑った。
は?え?なに言っちゃってんのこいつ。しかもこの距離で話す事じゃなくね?案の定、それが耳に入ったフロアの人々が、黙って私と花村を交互に見ている。
一同の視線を一身に浴びているのに、そんなことに気付きもしない花村は、へらへらしながらデスクに戻ってくると、耳打ちするほど小声で言う。
「夏原さん、トランスポーター見れないから禁断症状でしょ?今日返すからさ」と言った。
違うううう!そこは小声にしなくてもいい!お前が小声にしなければならなかったのは、今晩うちに来るって方だ!!
そして言わずもがな。昼休みには「さすが戦闘民族!花村がいよいよ狩られた!」という噂が盛大に広まっていたのである。つらい。
一連のことを千沙に話すと、涙を流しながら笑い転げる。
「他人事だから笑ってるけどさ!」
そう言って膨れると、涙を浮かべた顔のまま「ごめんごめん」と謝る、千沙。
昼間は暑さの残る10月は、まだまだアイスコーヒーがおいしい。ランチは会社から少し離れたカフェに千沙を誘って、思う存分話す。合間にストローで一気に吸い取りながら、噂もこうやってい一気に吸い取れたらいいのになと思う。
「いやあ、でもさ、こうなったら付き合っちゃいなよ」
「ええーー?」
「だってさ、花音ちゃんのどストライクのマッチョなんてそうはいないじゃん」
「そうだけど、でも花村なわけよ」
「花村君、別に悪くないじゃん。どうしたのよ、花音ちゃんなら、ズバッと決めそうなのに」
「んー、ズバッとね……」
「そうそう!ほら!深夜の国道走ってたら、横一列に暴走族が走って邪魔だったからって、めっちゃエンジンふかして蹴散らして中央突破した事とかあったじゃん!その気概はどこ行った!!」
「あー……私も若かったんだね……、ってそれとこれ全然違うよね?」
「じゃあ、逆に花村君のどこがダメなの?」
「しいて言えば」
「しいて言えば?」
「花村であることかな」
「なんじゃそれ!」
あーあ。花村が花村じゃなかったらなあ。
「つまりさ、花音ちゃんは、ずっと眼中になかった花村君がどストライクだということを認められなって言うだけなんじゃない?」
「へ?」
「結局、これは、花音ちゃんのプライドの問題になっちゃうような気がするけど」
「そうなのかなあ」
「気高き戦闘民族だからね~」
「なんじゃそれ、はこっちのセリフだよ」
こうして和やかなランチを終え、「まあ、いろいろしっかり考えなよ。変なところに捕らわれずに」と、千沙が私に巻きつく。
「花音ちゃん、いつものように難しく考えないで、花村をゲットすればいいんだからね」
と、なんかエールもらった。千沙の中では私は花村の13年ぶりの彼女に決定しているようだ……。
終業時刻になり、明日の準備も報告書の用意も済んで、さて帰ろうと席を立つ。あちこちに「お疲れ様」と声をかけ、私は営業部を後にしようとした時だった。
「あ、夏原さん、一緒に帰ってうちに寄ってもらったほうがいいかも。会社からだとうちの方が近いし」
という爆弾を、またしても放ちやがったため、営業部内の視線を一気に浴びることとなった……。